福岡は国内初の「スタートアップビザ」の発給により、「外国人が起業しやすいまち」としても注目されています。今回は、ライターの帆足 千恵さんが、今から遡ること30年前、福岡で起業し外国人起業家のパイオニアとして知られる、カナダ人のニック・サーズさんにインタビューをしてきました。「福岡・九州の魅力を世界に伝えたい」という、ニックさんの変わらない熱い想いと、挑戦の軌跡を紹介します。
福岡は外国人が創業しやすい街?外国人が日本で創業するには
福岡市は外国人の創業を促進するために、2015年12月に国内で初めて、国家戦略特区として「スタートアップビザ(外国人創業活動促進事業)」の発給をスタート。 ■外国人が日本で事業の経営を行うには在留資格「経営・管理」が必要で、その要件は ✔事務所を開設すること ✔常勤2名以上の雇用もしくは、資本金の額又は出資の総額500万円以上 などハードルが高いものでした。 福岡市の「スタートアップビザ」では、その要件が整っていなくても、創業活動計画書等を福岡市に提出し、要件を満たす見込みがあるなど、福岡市から確認を受け、その確認をもとに入国管理局が審査をすることで、6ヶ月間の「経営・管理」ビザが認められます。要件は、その6ヶ月間で整えればよく、創業する外国人は事業を進めながら、手続きを進めることができるのです。 ■福岡市 特区制度のスタートアップビザは ✔在留期間が6ヶ月間のところ、在留期間が最長1年間に ✔一旦帰国しなくても在留資格変更が可能に 規制緩和されたのです。 2019年には、この福岡市の取組が全国で展開されました。 2020年6月に福岡市はさらなる規制緩和を行いました。従来は、「経営・管理」ビザ更新の要件として「個室」のオフィスを借りる必要がありましたが、この「個室」要件が緩和され、最初の「経営・管理」ビザ更新から次の更新期限までは、コワーキングスペース(※構造上及び利用上の独立性を有していない、共同利用型の区画)でも可能となりました。 このコワーキングスペースへの適用が可能な都市は当時福岡市と仙台市のみでした。その他、福岡市では、スタートアップカフェを中心に独自の支援策を行っています。 今や創業しやすいまちの筆頭に浮上してきた福岡市。 しかし、ニック・サーズさんが福岡にたどり着いた30年前には、福岡市には在住外国人は1万人ほど。中国、韓国などアジア系がほとんどを占め、英語圏の外国人は本当に少ない状況でした。そんな中で、なぜ外国人向けの情報を発信したのでしょうか。
福岡の魅力がまだまだ知られていない。「Fukuoka Now」に込めた想い
まずは、福岡に住むまでの経緯を振り返ってみましょう。 カナダ・トロント出身のニックさんは、大学を卒業の後、以前から興味を持っていた仏教や禅を学ぶために、アジアを中心にバックパッカーとして旅をしたそう。 1985年には東京で1年禅の勉強をし、いったん帰国の後、大阪で働くなどし、1990年に東京で就職したソフト開発会社の赴任地が福岡でした。 その後、タウン情報誌「シティ情報ふくおか」を発行する株式会社プランニング秀巧社に企画を持ち込み、1993年から、福岡のエンターテインメントやイベントなどを盛り込んだ九州初の英語タブロイド版有料雑誌「RADAR」を編集長として発行。 福岡出身のジャーナリスト・筑紫哲也氏のインタビューが掲載されるなど、楽しく、おしゃれだけど、骨太な内容だったと記憶しています。 実は、そのころ私は「シティ情報ふくおか」の編集部で編集者として働いていて、ニックさんと同僚でした。90年代前半はインターネットが普及しはじめる以前で、人々は映画やコンサート、ライブ、舞台や展覧会、グルメなどの情報は雑誌や新聞といった紙媒体から得て、行動をしていたのです。(インターネットがないということを想像してみてください) 福岡の都心部、天神や博多駅でも外国人の姿をみかけることは少なく、旅行者もほとんどいませんでした。ということは、日本語の情報も限られているなか、英語を中心に外国語の情報もほとんどない、どこに何があるかわからない不便な状況だったと予想できます。 特に英語圏の人は、日本語を話すことができても、中国語圏の人が読むことができる漢字を読むことが不得手な方が多いのです。それでは、せっかく住んでいる福岡の週末のイベントや楽しむスポットを知ることはできないはずです。
「福岡は東京に負けない。大変魅力がある都市だということを他の人に伝えたい」「人々が福岡・九州を楽しむための情報をタイムリーに提供したい」ニックさんの想いは、ずっと変わらず、現在に続きます
1998年には月刊情報誌「Fukuoka Now」を創刊し、半年後に有限会社フクオカ・ナウを創業します。英語と日本語で、福岡に住んでいる外国人、国際人のために情報を伝えるべく、イベント情報や飲食店レポート、お出かけ情報などを掲載。 創刊3年を過ぎたころから韓国語と中国語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語の6ヶ国語を展開していた時期もあります。 私も手にとっては、その充実ぶりが、福岡がインターナショナルなまちになっていくようで、ワクワクしたものでした。
2009年には、博多港へのクルーズ船寄港増加をきっかけに、外国人旅行者向けの観光地図「Now Map」を創刊。福岡市の公式外国語地図として、福岡空港や観光案内所や宿泊施設などにも設置されていました。 2014年ころから福岡市にも外国人旅行者が増加し、Now Mapを片手に福岡を楽しむ外国人の姿をよく見かけたものです。 年に数回開催された、国際人のためのパーティイベント「Now Lounge」も忘れられません。 市内のホテルなどで数百人が集まり、「外国人スター誕生」や故郷カナダの建国記念日を祝う「カナダ・デー・パーティ」など、その時々のテーマで催されるイベントは、おしゃれな演出のなか、食事やドリンクも楽しめます。 外国人も4割くらいで、ネットワークや友達もでき、福岡のインターナショナルなコミュニティを形作る一助にもなりました。コロナ禍が落ち着いたらぜひ新しい形で実施してほしいです。
Fukuoka NowのホームページやFacebookなどのSNSもフォロワーが増え、Fukuoka Nowの発信が大きな影響力を持つようになっていました。 これまでの功績が認められ、Cool Japan アンバサダー任命や、外国人の有識者としての依頼も増え、多様な形で福岡・九州の魅力を伝えていく機会がますます多くなっていったのです。
福岡・九州の現在を伝えるライブ配信「Kyushu Live」で魅力を世界へ
ここで改めて、福岡の魅力の基盤となるニックさんのプライベート、糸島での生活についておききしました。
ニックさん 「福岡は東京、ニューヨーク、パリと比較しても、どこにも負けない世界のBest Cityだと思っています。その理由を話すと一時間では足りない(笑)! 快適な都心の周囲にすぐに豊かな自然があり、食材も豊か。福岡空港からたくさんの国際線もあり、空港も近い。ハイクオリティオブライフ(QOL※)が楽しめる。 (※QOL…ある人がどれだけ人間らしい生活や自分らしい生活を送り、人生に幸福を見出しているか、ということを尺度としてとらえる概念) 私が住んでいる糸島での生活が証明しています。近くの海で、朝早く起きてSUPをし、車で40分もあれば都心部に到着できるので9時から仕事をすることもできる。 すてきな田舎はたくさんありますが、すぐ隣にほどよい発展をしている福岡市があるから、なおさら糸島の価値があがると思うのです。 福岡の東エリアも美しい海もありますが、糸島は半島になっているせいか主要道路から離れた海岸線も多く、穏やかな自然が残っています。 九州には、これからますます注目されるトレッキングや登山などアドベンチャー・ツーリズムのコンテンツもたくさんあるし、魅力ある文化もいっぱいある。でも、この素晴らしさがほとんど知られていない。」
2021年1月1日からニックさんは、『Kyushu Live(九州ライブ)』という新しい発信を世界に向けて始めました。 モバイルライブストリームの動画シリーズで、福岡市内や九州各地を英語で案内しながら1時間以上かけてまわります。2月末(2ヶ月間)でなんと26回もYouTubeにアップされていて、自分もいっしょにその土地を巡っている気分に。 ニックさん 「ガイドブックに載っていないところもたくさん巡ります。どんな風に歩くか事前にしっかり考えて、掲載許可もとったりしているので、準備は結構大変だけど、一度やり始めたら続けてやっていこうとこだわって作っています。 九州に暮らしたり訪れたりしたことのある人、九州に興味がある人や旅行の計画をしている人、福岡・九州を世界中の人々につなげることが目的。 チャットやコメントが寄せられていて、いろんな人が観てくれているんだと実感しています。 アメリカの老人ホームに入っているという80歳代のアメリカ人夫婦から『昔、福岡に住んでいる頃にはなかったものもあって、いつも楽しみにしている』というメッセージも届きました。九州ファンをもっと増やしたいですね。」
「Kyushu Live」は、その街に詳しいゲストとともにまわる回もありますが、私は公私ともにパートナーであるサーズ恵美子さんと一緒の回が好きで楽しみにしています。(彼女自身の知識も豊富で、ビジネスの経歴も華麗。いつか別に取材したい) ニックさんや外国人の求める視点を把握し、どんな風にみせたら効果的か、どんな風に説明したらわかりやすいか常に考えていらっしゃると感じます。 今春には、また新しい取組を始めていきたいと常に精力的なニックさん。Kyushu Liveでは、現在の福岡・九州が活き活きと映し出されているのでぜひチェックしてみてください。
ニックさんが感じる「福岡で創業する魅力」とは?
30年前に比べて外国人も起業しやすい状況になりました、ニックさんが感じる「福岡で起業する魅力」について、改めてきいてみました。 ニックさん 「福岡に住んで30年以上経ちますが、福岡にはまだまだビジネスチャンスがいっぱいある!と思っています。 東京と比較すると、福岡では着手されていないサービスや事業がたくさんあります。インターナショナルな業務をできる人材、外国人も多くないし、これから発展の余地が大いにある。例えば、飲食店でも、東京にはあって、福岡にはないジャンルのお店もある。 さらに、福岡では人とのネットワークが作りやすい。『この人に会って話がしたい』と思うと、知人・友人をたどってお願いするとすぐにつながることができる。コミュニティが作りやすいですね。 もちろん家賃も安くて、住環境は素晴らしい。福岡は、都心部のすぐ近くで自然あふれる生活ができるので、ゆったりとリラックスできるから、仕事でもいいパフォーマンスができますね。 オンラインで世界中とコミュニケーションをとることができるようになった今は、なおさら福岡に住むことをおすすめしたい。」 世界のいろんな国や都市をみてこられたニックさんの言葉は、心強く感じます。 私もさらに自信を持って、積極的に「福岡・九州の良さを世界へ」伝えていきたいと決意を新たにしました。 文=帆足 千恵