2020年4月、福岡の食文化を盛り上げてきた明太子業界で画期的な試みが話題を呼びました。それが、今回お届けする「博多めんたいプロジェクト」。明太子メーカー「島本食品」の呼びかけから始まり、全国的にも知名度の高い「稚加榮(ちかえ)」と「椒房庵(しょぼうあん)」が参加。3社それぞれが持てる技術を尽くした最高の明太子を作って、その食べ比べセットを販売するというもの。しかも、セットの中で一番おいしい明太子を選ぶ人気投票まで開催したのです。 横のつながりが少なかった明太子業界で、見ているこちらがハラハラするほどのガチンコ勝負。このプロジェクトを仕掛けた背景には、どんな思いがあったのでしょうか。今回はライターの大内 理加さんが、発起人の一人である島本食品常務取締役の外尾透さんに、当時と“その後”のお話をうかがいました。
柔軟な発想と質へのこだわりで、明太子の新たなニーズを探る
戦後に「明太子」という特産品が誕生して以来、福岡のメーカーは製法や素材など研究を重ねて独自の味を追求してきました。そのおかげで県内には200社を超える明太子ブランドが生まれ、福岡名物として全国的に知られることになったのです。 しかしながら、近年ではメイン市場である贈答品の売り上げがじわじわと減少を続けているそう。各社とも危機感を持って新商品やニーズの開拓に努めている中生まれたのが、博多の明太子を代表する、稚加榮・椒房庵・島本の3社で行う「博多めんたいプロジェクト」のアイデアです。
外尾さん 「低迷期が続く明太子業界全体を盛り上げるためにも、新しいことに取り組まなければという思いがあったんです。今までのようにギフト市場に頼るのではなくて、当社の価値を感じてもらうために違う切り口を考えねばと。」 ――島本食品さんは企業としてかなり早くからネット販売に取り組んでいらっしゃいましたよね。それに単独でクラウドファンディングも活用されていたとか。そういった試みも打開策のひとつだったんでしょうか?
外尾さん 「そうですね。もともと当社は、明太子業界では一般的な卸売りをやっていないんです。単純にいえば、卸売り手数料を原料費にまわして品質向上につなげたいと、消費者の皆様に直接お届けするスタイルを選んだんです。 そうなると卸売り先に遠慮することも無いので、自社販売サイトの導入にも抵抗が少なかったんですね。クラウドファンディングというプラットフォームも、今まで世の中に無かった価値を作り出すという姿勢に共感できましたし、自分たちの力を十分に発揮できるのではと挑戦しました。」
「うちの明太子が一番」クラウドファンディングで検証!?
自社で進めたクラウドファンディングが成果を収め、いよいよ「博多めんたいプロジェクト」と称した他社との共同企画が立ち上がりました。 それが「博多の辛子明太子【稚加榮・椒房庵・島本】が競演!採算度外視の世にも贅沢な味くらべ」です。
――よくあるコラボレーションや共同開発というわけではなく、「稚加榮」「椒房庵」「島本食品」それぞれが今回のために作った明太子を出すという内容に驚きました。明太子メーカーとしての“腕だめし”的な面もあるのかと。
外尾さん 「それはありますね。稚加榮さんと椒房庵さんとお話しする中で、「実際、お客様はどこの明太子が一番おいしいと思っていらっしゃるんだろう」という疑問が出るんですよ。冗談まじりにですけど、皆さんが即座に言うんです。「うちに決まっとるやろ」と(笑)。 それを実際に問うてみようという企画でもあるんです。直接競うわけなのでピリピリした感じに取られちゃうかもしれないのですが、お互いプライドもあるし、面白いじゃないかとご賛同いただけました。」
――これだけ大手が集まると反響も大きかったのでは?苦労した点などはありましたか? 外尾さん 「正直、スムーズというわけではありませんでしたが、3社共に「明太子業界を盛り上げたい」という志を持っていたんです。「椒房庵」さんや「稚加榮」さんといえば、全国でも有名でしょう。そういうブランドが立ち上がると影響力があるし、集まればもっと幅広く発信できます。 実際、この企画を出した後は、「ぜひうちも参加したい」と手をあげてくださる企業もたくさんいらっしゃったので、コロナ禍でどの企業も厳しい時期ですが、少しでもみなさんを勇気づけることができたのなら嬉しいですよね。」
同志でもあるライバルと、九州の未来を見つめて
Makuakeで行われた「博多めんたいプロジェクト」は大成功。結果、目標金額の30万円を大きく上回る600万円を超える収益が集まったのですが、それでもコスト的に厳しかったとか。それもそのはず、各社とも採算度外視で取り組んでいたというのですから。
外尾さん ビジネスとしてはありえないですよね。でもね、椒房庵さんと稚加榮さんに、「この3社でよかったね」と言っていただけたんですよ。椒房庵さんもうちと同じように、希少な北海道産のたらこでハイクオリティな商品を作っていますし、稚加榮さんは誰もが認める料亭の逸品として出されています。うちはその2社と比べて知名度は低いですけど、質は負けていないつもりです。結果的に、味にこだわる会社という土俵で勝負できたんです。 それに、この企画を行う前は「最近どう?」くらいの軽い挨拶をする程度でしたが、今では売り上げやコロナ対策とか、腹を割って話せるくらい仲良くさせてもらっています。自社の利益だけを考えるのではなく、お互いが苦しい時に手を差し伸べる。一方で、ライバルとして切磋琢磨できる。そんな良い関係が築けたのも感謝ですね。」
――明太子に全力で向き合った商品とライバル同士の清々しい関係性が、応援購入された方にも伝わったのではないでしょうか。だからこそ、次なる動きも気になるところ。今回のプラットフォームとなったMakuakeからも大きな期待が寄せられているそうですね。 外尾さん 「Makuakeさんがおっしゃるには、地方のメーカー同士が協力してひとつの目的を立てるなんてことは今まで無かったそうです。クラウドファンディングを通して地域を活性化させる、ひとつのいいヒントになるかもといわれてとても嬉しく思いましたね。 3社ともに、また面白いことをやりたいね、という話はよく上がっていますし、いくつか合同企画も進んでいます。それに、もっとたくさんの企業と取り組むことができれば、より面白いことができるんじゃないかな。」
――これからも消費者としても楽しみなニュースが聞けそうですね。明太子以外の業界とのコラボレーションもゆくゆくは? 外尾さん 「あると思います。目指すのは、明太子というジャンルに限らず、おいしさで喜びの輪を広げていくこと。それが福岡への貢献にもなるし、ひいては九州が元気になってくれるはず。笑顔があれば世の中争いごとも起こらないですし、平和に繋がっていくんじゃないかなと。おいしさで世界を平和に、なんてね(笑)。」
外尾さんのお話を聞くと、まるで少年漫画を読んでいるような印象を受けました。よく見かけますよね。ライバル同士が全力で拳を交えた後に「お前やるな」「お前もな」なんて親友になるシーン。お互いの実力を認め合って、その後に頼もしい仲間になっちゃうアレです。ドラマティックな胸熱展開は、応援する皆さんや業界を超えて、地方活性化への新たな扉を開けてくれたようです。 何よりも、稚加榮さんや椒房庵さん、島本食品さんがそれぞれ「うちのが一番」と太鼓判を押す明太子をもう一度味わいた〜い!食べ比べの続編、大いに期待しています! 文=大内 理加
株式会社島本食品
1976年創業。北海道産のスケトウダラをメインに質にこだわる商品づくりを進め、現在は、博多駅前店や新宮店など直営店を4店舗展開。惣菜や博多名物、ブーランジェリーなど、手がける商品も増えている。1998年には、業界に先駆けてネット通販サイトを開設。今回の企画を手がけた常務取締役の外尾透さんはWEBマスターとして通販サイトの運営にも携わっている。