高齢化・後継者不足に加え、コロナ禍の影響により、M&A(事業継承)が注目されています。今回は、ライターの山内 亜紀子さんが、1821年創業「福萬醤油」を継承し、7代目となった大浜大地さんにインタビュー。事業継承することになった経緯や醤油ソムリエとしてのこれからの夢について迫ってみました。
今、事業継承が増えている?
経産省の発表によると、後継者不在の70歳以上の経営者が245万人、10年間でその半分の127万社廃業してしまい、さらにその半分の60万社が黒字であるという数字が出ています。 そんな中、企業を存続させるためのツールとして、注目されているのがM&A (事業継承)です。 高齢化・後継者不足に加え、コロナ禍の影響により、経営を断念しM&Aするというのもひとつの決断のようです。「適切な後継者がいない」という問題を抱える企業が多く、M&Aは、具体的に検討することはもちろん、生き残りをかけた業界再編、事業の再構築など目的は様々のようです。 そこで、今回は、福岡にある1821年創業の歴史ある醤油メーカー「福満醤油」を継承した、大浜大地さんに、IT業界から醤油業界に入ったきっかけや今後の展開など事業承継した福満醤油についてお話を伺いました。
スペイン産オリーブオイルがきっかけで醤油の世界へ
ーー福岡県・北九州市出身の大浜さんは、高校2年の時ニューヨークに留学。渡米先で興味を持った写真やデザインの仕事をやってみたいと、九州産業大学の芸術学部に入学します。在学時よりクロマキー(背景合成技術)を使用した制作会社で、動画つくりに携わります。
大浜 「2000年ぐらいのWeb動画配信が始まった頃に配信会社に入社しました。数年後に会社から配信事業を引き継ぎ24歳で独立。通信販売業界が動画配信に興味をもちはじめていた頃で、様々な通販会社のコンサルを始めました。 会社を一時休業し、インドネシアの植樹事業などを経験した後、ヨーロッパへ。自社商品開発の為、スペイン産オリーブオイルを見つける旅でした。私が尊敬している経営者に“君は自分の商品を持って、ゼロからイチを経験した方がいい”とアドバイスを受けたことがきっかけです。 スペインには高品質のオリーブオイルが沢山あり、買い付けて販売することになりました。現地の取引先から、お互いの商品をやり取りして“貿易”をしないかと話を持ち掛けられ、そうすれば、仕入れだけの一方向の関係ではなくなり、より長く関係を築けると。まずは日本のものをスペインで売ってほしいと言われました。 スペインで売るものは何がいいかと尋ねると“醤油か味噌がいい”と言われました。私は醤油と味噌が欲しいと言われたことにあまりピンとこず、不思議に思っていました。 ある日、貿易相手のオリーブ農園オーナーの一族と食事をした際、前菜後に銀色の丸い蓋がついた料理が運ばれてきました。中身は岩塩のプレートに、グリルした海老が乗っている料理でした。ホールスタッフが目の前で蓋を開けた瞬間、部屋中に醤油の香りが広がりました。その時に私は初めて“醤油は香りだ”と気付きました。 この時に感じた醤油の芳ばしい香りは、懐かしい縁日のイカ焼きのような食欲をそそるあの香りです。 レストランのシェフに改めてレシピを聞くと、“焼いた岩塩の上にグリルした海老を乗せて、最後にスプレーで醤油を吹きかけて銀の蓋で香りを閉じ込めた”とのことでした。この日、醤油は香りを楽しむものだと、シェフとオリーブ農園の皆さんに教えていただきました。 海外での醤油は日本でいうハーブや胡椒、スパイスだと私は考えています。香りの液体スパイスとして新しい活用方法を考えると、醤油は世界中誰でも楽しむことができますね。」
福萬醤油七代目を継承することに
ーースペインから帰国した大浜さんは、醤油や味噌について調べ、九州の醤油を扱ったビジネスモデルに可能性を感じ、2009年9月に九州しょうゆを味見できる「醤油ティスティングバー バル福萬醤油」をオープンしました。
大浜 「帰国して、福岡で醤油を探そうとしていた時に、当時のオフィスビルの大家さんに相談すると “うちも昔は醤油屋だったよ”と言われました。まさかのご縁でした。このビルが建っていた場所に福萬醤油という江戸時代から続く醤油蔵があったことを知りました。 大家さんから福萬醬油の蔵を見に行こうといわれ、一緒に古い倉庫を開けました。当時の看板が最初に目に入り、福萬醤油という屋号に心を奪われました。そしてこの蔵を復刻したいという情熱が湧き上がりました。 大家さんに相談すると、復刻すれば親戚も喜ぶよと言っていただき、福萬醤油の七代目を継承することになりました。ご好意で看板や建具を店舗に活用させていただくことになりました。 店舗づくりは、カリフォルニア ナパバレーのワイナリーを参考にしています。様々なワインをティスティングできる体験が勉強になり、とても楽しかったので醤油も同じように楽しんでほしいという思いで、醬油ティスティングバーを始めました。 九州には250社の醤油メーカーがあり、そのうち約100社が福岡にあります。九州だけでも1000種類以上の醤油があります。各社の協力を得て醤油の数が増えてバラエティーに富んだセレクトになっています。現在では、おかげさまで全国のメーカーから醤油を持ち寄っていただけるようになりました。」
⬆︎玄海産の新鮮な真鯛をお刺身、お茶漬けで存分にお楽しみいただける「鯛茶漬け焼魚付き膳」(1,650円)。他に「鯛茶漬け膳」(1,100円)、「焼魚膳/日替わり」(1,100円)、「手作りコロッケ膳(1.100円)など。※おかわりの卵かけご飯は無料です。
大浜 「醤油業界全体で和食文化を盛り上げていこう、大事にしようとしている意識があります。私が主催する九州醤油研究会では、新しい醤油を各メーカーで持ち寄り味見して、意見交換しています。 醤油ソムリエは九州しょうゆを案内する役として活動、九州しょうゆの魅力やメーカーを紹介しています。また醤油の歴史や魅力を伝える講演活動や醤油検定のイベントに参加させていただいています。」
醤油を活用した食育と、海外輸出展開
ーー醤油ソムリエとして活躍している大浜さんが、叶えたい夢がふたつあるといいます。ひとつは、海外で未だファッション扱いされている「和食」を本物の「和食文化」に育てたいこと。もう一つは海外輸出展開です。
大浜 「アメリカやヨーロッパに行くと、まだ和食はファッション扱いだと感じます。SUSHI Barにいるお客様を見ると、わさびと醤油の量が逆転した辛味たっぷりの寿司や、シャリに醤油をたっぷりつけて塩分過多で食している方が多くみられます。 醤油はネタの方につけると美味しいと教えても、私たちの世代では世界中に伝えることが難しいでしょう。 だから日本の子供たちに正しい和食文化を知ってほしいと思っています。僕らの子供たち、その次の世代が食育を続けていくことで、和食文化が世界に伝わる日が来ると思います。 具体的には、醤油や味噌の良い部分や使い方を、子どもにもっとわかりやすく伝えていきたいです。子どもは香りに敏感なので、発酵調味料に親しみやすいと思います。 そして、世界中に九州しょうゆを届けたいと思っています。17世紀、九州しょうゆは花形の輸出品でした。九州は長崎から上海-インド-オランダ-フランス-ロシアまで、一世風靡した歴史があります。 現在では航空便も多岐に渡っており、新しいルートでもう一度九州しょうゆを世界中に届けたいです。九州醤油メーカーが一丸となって輸出用の醤油を造り、世界へ販売したいという夢があります。 醤油の香りは、仕込む麹菌(こうじきん)で変わります。西日本と東日本は麹が違うから、香りの出方が違います。人の好みは香りから、味の好みの8割は香りで決まります。 醤油と同じ造り方(醸造文化)で発展しているワインや日本酒と同じように、いつか醤油も世界中で楽しむことができる日が来ることを信じています。」
—- スペインから帰国し、醤油を追求しているときに、縁あって創業200年の企業を継承した大浜さん。 メーカーや飲食店オーナーなど醤油に興味がある人を集め、「九州醤油研究会」をつくって活動し、伝統を大切にしながらオリジナルの醤油作りにも挑んでいます。 福萬醤油で展開するスプレー醤油や塩分0%仕込み醤油など、オリジナル醤油は、定番商品がなかったからこそ自由につくれたといいます。 九州しょうゆの販売を通して、香り、味、食文化を世界へ発信していくこと、世界へ九州しょうゆが広まることを楽しみにしています。 文=山内 亜紀子
大浜大地
1981年福岡県生まれ。ニューヨークで高校生活を送り、帰国後九州産業大学藝術学部にて写真・デザインを学ぶ。現在「福萬醤油」の屋号を7代目として受け継ぎ、醤油製造販売を営む。
福萬醤油 (ふくまんしょうゆ)
TEL: 092-718-0588 住: 福岡市中央区天神3-6-9