2021年4月29日、福岡空港内の壁面に長さ50m、高さ3mの巨大な壁画が完成。福岡、博多から九州、世界のさまざまな名物や食べ物が描かれた壁面は、アーティストのミヤザキケンスケ氏が制作し、シンボル部分は空港近くの席田(むしろだ)小学校6年生が卒業制作として参加したもの。今回は、ライターの帆足 千恵さんが福岡の新しいシンボルが誕生したプロジェクトの全容をレポートします。
地域の子どもたちの想いを込めた壁画プロジェクト
今回のプロジェクトは、福岡空港の運営会社である福岡国際空港株式会社が、佐賀県出身のアーティスト・ミヤザキケンスケ氏に壁画制作を依頼し、福岡空港近くの席田(むしろだ)小学校6年生57名と一緒に制作をする企画からスタートしました。 「コロナ禍で多くの学校行事ができなかった小学6年生に、一生忘れられない思い出を提供したい」という想いが込められています。 2021年2月に核となる15mを席田小学校の子どもたちと制作、そして4月に1ヶ月間をかけて50mの壁画が完成しました。
席田小学校の子どもたちとの制作について、ミヤザキさんに振り返ってもらいました。 ミヤザキさん 「通常は1回程度しかワークショップはできませんし、いつもなら僕がアイデアを持ち込むのですが、今回は子どもたちから出たアイデアから作り上げていくことにし、3回のワークショップを行いました。 いろんな学校行事ができない中、先生方も熱意をもって高いモチベーションで臨んでいただいたからできたと思います。 1回目は自己紹介、2回目に壁画制作のアイデアをまとめ、3回目に壁画制作の壁画の下書きを行うプランを立てました。 2回目のワークショップの始めに、子どもたちから今回のプロジェクトの名前を『Over the World』にしたいと発表してくれて、絵のテーマとして3つのキーワードが浮かび上がってきたのです。 1 平和 2 世界へつなぐバトン 3 福岡・席田を発信したい アイデアをそれぞれ描いてもらったものから、ライブペイントで下絵を描きました。真ん中に大きな飛行機を描き、その下に席田小のシンボルである土俵。 そこからPaypPayドーム、福岡タワー、どんたくや山笠など福岡のイメージを描き、次に東京タワーや富士山など日本のイメージをその外側に、さらにその外に世界の絵を描いて席田からドンドン世界が広がっていく絵です。 飛行機の一枚一枚を子どもたちが描き、花の描き込みも手伝ってくれました。」
その後、4月に完成した50mの壁画。4月29日に行われた完成のお披露目会では、今は中学生になった席田小の元6年生も集まってくれました。 だるまに目を入れて、壮大なプロジェクトが終了。
卒業生の代表は、清々しい笑顔で答えてくれました。 卒業生代表 「卒業制作として、一生残る大切な思い出になりました。これをみると海外の方でも、福岡や日本のことがわかると思います。コロナで旅行に行けない今、これをみて世界を知って旅行に行った気分になってほしいです。」 ミヤザキさんは安堵と達成感があいまった表情。 ミヤザキさん 「子どもたちが集まってくれて、完成の瞬間を一緒にすることができました。飛行機を描いた後に子どもたちの感想文を読んで、僕が想像する以上に大きな経験で、責任感をもって描いてくれた。その想いにぐっとくるものがありましたね。 今まで手がけた壁画プロジェクトの中で最もサイズが大きく、日数もかかって大変でした。特に、花をひとつずつ手描きしていく作業は、省略することもできたのですが、意味があると思って、こだわって描き続けました。 平和の花言葉があるデイジーなど数種の花がこの壁画に無数に咲いています。 子どもたち、手伝ってくれた福岡の専門学校生やボランティアの方々などいろんな人の想いがここにこもっていると思います。 空港の周囲にいる人、空港で働いている方にも大事にしてもらいたいし、旅行で来られた方にこれをみて元気になってもらいたいですね。」
共同制作のプロセスにこだわる、ミヤザキケンスケさんの想い
実際にできあがった壁画は、細部まで描きこまれ、圧倒的な熱量を帯びています。そのカラフルな色彩は、心をすっと明るくし、「希望」や「幸福」を感じさせてくれるのです。 「Super Happy」をテーマに、見た瞬間に幸せになれる作品を制作しているミヤザキケンスケさん独特の世界観が50mにわたってあますところなく表現されています。
ミヤザキケンスケさんは、佐賀市出身で、筑波大学修士課程芸術研究科を終了後、アーティスト活動をスタート。国内外で個展やアートプロジェクトを手がける中、現在世界中で壁画を残す活動「Over the Wall」を主催しています。 2015年ケニアのスラム街、2016年東ティモールの国立病院、2017年ウクライナでのUNHCRとの共同制作、2018年エクアドルの女性刑務所、2019年ハイチでの国境なき医師団との共同制作など、現地の人々と一緒に壁画を残す活動をしています。 「世界中の困難を抱えた地域や難局にいる人々を絵の力で応援したい」という活動ですが、日本の各地でも地域の人と一緒に壁画制作を行っています。
実は、私の以前の同僚が10年以上前からミヤザキさんとつながりがあり、数年前に福岡市美術館で「英語でコミュニケーションしながら絵を描こう」という子どもたちを対象としたワークショップを開催したことがあります。 英語でやってみたい小学生、福岡在住の外国人や帰国子女の子どもさんたちが集まってくれました。 まるでミヤザキさんが魔法使いのように、どんどん子どもたちをひきこみ、それぞれの個性が光る絵を創っていった数時間を鮮明に覚えています。言葉はあくまでもツールで、絵を描くことで、いっしょに世界を切り開いているような感じがしました 今回のプロジェクトの進行の様子は、ミヤザキさんのブログに細かく記録されています。
それを読んでいると、席田小学校の子どもたち、地元の専門学校の学生やボランティアスタッフ、さまざまな人がここにどう関わっていったかが、その場にいるかのようにわかります。まるで一緒に完成を見守っている気分です。
ミヤザキさんが、地域の人と作る『プロセスが大事』だと考えていることもよくわかります。見た人には伝わらないかもしれませんが、プロセスにかけた時間と想いが、この絵からあふれてくるエネルギー、パワーにつながっていると私は思います。
壁画プロジェクトを見守り続けた、地域住民の想い
ミヤザキさんのアーティストのキャリアの中で、サイズも最大級であれば、かかった期間も今まででもっとも長かった今回のプロジェクト。約2ヶ月を過ごした福岡で過ごしたの感想をきいてみました。 ミヤザキさん 「2月は雪が降ったり、4月は暑かったりと、天候によって左右される部分もあって大変でしたが、こうやって描いていると、福岡の人っていろいろ話しかけてくれるんですよ。 『あれを描いたほうがいい。あれが足りないぞ』とか。他の地域では、あまりそういうことはないのですが(笑)。 空港近くの席田で生まれ育ったおじさんは、「福岡空港は生まれたころからある特別な存在」といろんな思い出を語ってくれ、できあがりを見守ってくれました。 福岡らしいあったかさを感じて、嬉しかったですね。 また、福岡の人は食べ物に反応するので、世界各地のグルメをたくさん書きました描きました。 もつ鍋やぎょうざなど福岡の美味しいものを食べる機会にも恵まれましたね。」
そして、実はミヤザキさん、リモートワークができて、仕事で東京にいる必要がない現在、住心地のいい福岡で物件を探しているそう。 それだけ福岡のまちが魅力的だと感じたとのこと。福岡人にとって、このうえない嬉しいお話でした。 福岡が拠点のひとつになると、このような壁画が増えるかもしれませんね。
取材を終えて
福岡人にとっては、福岡空港はとても身近な場所。 今回の壁画は、その身近な福岡空港にできた、福岡と世界をつなぐ新しいランドマークだと思うのです。 この壁画で世界一周気分を味わい、お気に入りの場所で記念撮影。(実際に、外国人が富士山のところで写真を撮影していたこともあるそうです) 展覧会のように、じっくり時間をかけて細かい部分を鑑賞することもできます。 今回の記事を読んでいただいた方はなおさら、子どもたちや地域の方の想い、地域をつなぐ想い、福岡から世界へつながるアートに込められたパワーを感じるはず。 そして何よりそこには地域の人の想いがつまって、見るたびに想いを寄せることができる場所。地域共生の新しいカタチがここにあるのではないでしょうか。 福岡空港に行く際は、ぜひ時間をとって立ち寄ってみてくださいね。 文=帆足 千恵
【福岡空港壁画プロジェクト〜Over the World〜】
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