コロナ禍でオンラインでの授業やデジタル教材の活用などが注目を集めていますが、20年前からオンライン学習に取り組んできた福岡発の学習塾があります。幕末から明治にかけて多くの偉人を生んだ松下村塾の教育方針を理念に掲げる、その名も「松陰塾」です。 今回は、ライターの光本 宜史さんが、直営・加盟校あわせて約250教室の「松陰塾」を全国で展開する株式会社ショウイン社長・田中正徳さんにお話を伺いました。
「自立学習」能力を養い、学習効果の最大化につなげる
インターネット環境の高速化を背景に、教育現場では動画の活用やオンライン授業の導入などが進んでいる。ただ、授業を主導するのは依然として先生であることに変わりはない。ところが、株式会社ショウインが展開する松陰塾には、「勉強を教える先生」はいない。生徒たちは、塾に来るとパソコンやiPadでインターネット学習教材「Showinシステム」を立ち上げ、それぞれ勉強を始めるのだ。 先生の役割は〝コーチング〟だ。直接勉強は教えないが、学習計画や進捗状況のチェックを行いながら、生徒が集中して勉強できた時や成果が出た時などはしっかりと褒め、うまくいかない時はどうすればよいかを一緒に考える。 勉強(=ティーチング)はコンピューター、勉強に向かう気持ちのコントロール(=コーチング)は先生、というふうに役割を分担する。これによって生徒が自分から勉強に向かう「自立学習」の確立を図り、学習効果の最大化につなげようというのが、「ショウイン式」の学習スタイルなのだ。
全国で250校を展開。コロナ禍でも学習への影響はほとんどなし
ショウインは、直営・加盟校あわせて約250教室の「松陰塾」を全国で展開する。学習塾比較サイト「塾ナビ」でも福岡、東京など8都県で口コミランキング1位を獲得するなど保護者の評価も高い(いずれも2021年4月現在)。 独自に開発したShowinシステムは、小中学生5科目をカバーし、国内最大級の12万問題以上の設問を内蔵。読む・見る・聴くなどの「インプット学習」と、ノートを使った英単語や漢字などの書き取りやコンピューターが出題する問題を解く「アウトプット学習」を繰り返すことで、学んだことを自分のものにしていく。 単元の最後に取り組む「テストモード」では、一定の点数をクリアするまで次の単元に進めず、「わかるまで先に進まない」「わかるまで繰り返す」仕組みになっている。 2020年には新型コロナウイルス感染拡大に先んじて、生徒全員に学習以外の利用を制限したiPadを無償でレンタル。感染拡大期や災害時などでも、通塾した場合と同等のサービスが自宅で受けられるようになり、コロナ禍においても学習への影響はほとんどなかったという。
「自ら学ぶ意志がなければ、学力は向上しない」を実践する
もっとも、現在のスタイルに落ち着くまでには、試行錯誤を繰り返した。40年前に塾経営を始めた田中さんは、当時としては斬新な1クラス3名制の個別指導を行っていた。オリジナルの教材を制作し、研修で講師の質を高め、教室を増やしていったが、どうしても成績が上がらない生徒がいる。 田中さん 「失敗を繰り返して分かったことは、「生徒本人に自ら学ぶという意志がない限り、劇的な学力の向上はない」ということでした。 2001年にネット学習システムを開発してからも模索は続きましたが、「わかるまで先に進まない」「わかるまで繰り返す」ことをシステムに組み込んだことで、成果が出始めました。 先生は生徒たちに対して必要以上に構うことをやめ、「自ら学ぶ力」を引き出すことに専念しました。並行して、飽きずに楽しみながら学べるように動画や音声を取り入れるなど、システムも改良を重ねていきました。」 自ら学ぶ意志があれば、コンピューターほど効果的な学習ツールはない。先生と馴れ合いになることもなく、画像や動画、音声などを併用することで理解も深まる。学習履歴が残るため苦手分野を把握でき、弱点を繰り返し復習できる。こうした学習スタイルによって、「人に教わる」から「自ら学ぶ」への転換を実現した。 田中さん 「私たちの最大の目的は、自立学習の習慣を身に付けてもらうこと。試験の成績や偏差値の高い学校に合格することは目的ではなく、その結果だと思っています。」
松下村塾の教えを継承し、「徳育」にも力を入れる
「先生が教えない」学習スタイルは、業界で異彩を放っているが、ショウインでは人間としての心情や道徳的な意識を養う「徳育」に力を入れている。これも、大きな特徴だ。 社名や教材の名称にもなっている「ショウイン」の名は、江戸末期に長州藩で松下村塾を主宰した吉田松陰にちなむ。身分を問わずに塾生を受け入れ、高杉晋作や伊藤博文らの人材を輩出した松下村塾では、塾生ごとに能力や適性を考慮して教材を選ぶ「個別指導」や、講義の時間や期間を定めず自分の学びたいときに通塾できる「自立学習」が行われていた。そうした教育を「現在に蘇らせたい」という思いが社名には込められている。 自立学習を習慣化するためには、「何のために勉強するのか」ということを理解し、納得することが重要だと田中さんは語る。 田中さん 「かつては、「よい大学や会社に入るため」に勉強していたかもしれません。しかし今の時代、よい会社に入ることがゴールではありません。では、何のために勉強をするのか。私たちは、松陰先生の「学は人たる所以を学ぶなり」~勉強するのは、人間として大切なことは何かを知り、人間はどう生きていくべきかを知るためである~という言葉を紹介しています。 その他にも松陰先生の言葉には、私たちの理念と重なるものが多い。松陰先生の言葉を引用しながら、礼儀や感謝の心などの大切さを教えています。」 松陰塾では、吉田松陰の言葉をまとめた『松陰塾門下生読本』を生徒に配布しているほか、システム上でもクイズ形式で出題し、意味も含めて理解できる仕掛けをつくっている。
志のあるオーナーが、子供たちのやる気を引き出す
2020年は、コロナの影響もあり既存の仕事に見切りをつけて独立開業を目指す人たちから加盟の問い合わせが急増し、2021年は1~4月だけで20校が開校している。 加盟校に対しては、塾の案内パンフレットやチラシを無償配布し、他校の参考になる取り組みは年3回発行の「経営者通信」で共有するなど、経営を強力にサポートする。契約はロイヤルティー方式ではなく、生徒からシステム使用料を受け取る仕組みになっているため、加盟校の生徒増は本部の利益に直結するのだ。 田中さん 「松陰塾では「教えるプロ」は求めません。志のある方であれば教育未経験者でも大歓迎です。開校前はオーナーに研修を受けてもらうのですが、その時に「勉強を教えることは、自立学習教材「AI-Showinシステム」に任せてください。あなたは、ご自身の経験をもとに、何のために勉強をするのか、人生で大切なことは何か、そうしたことを教えてほしい」と伝えています。 高い収益性や手厚い支援体制も高く評価されていますが、「自立学習」や「徳育」といった教育理念に共感・賛同して、当塾を選んでくれる人が増えていると感じています。」
では、 加盟校のオーナーたちは、数ある学習塾の中から松陰塾をなぜ選んだのだろうか? 2018年2月に開校した「泉もえぎ台校」(福島県いわき市)の田中晃治さん(51歳)は、20年以上教育業界に携わってきた。山梨県で予備校の講師を務めていたが、福島県への移転を機に独立を目指す中で松陰塾に出合った。「いくら講師が親身になって教えても試験を受けるのは生徒であり、彼ら自身が本当の実力をつけなければ意味がありません。自立学習の話を聞いてすごく腑に落ちました。資料請求をした塾の中で真っ先に連絡があったことや、誠実な担当者の存在も大きな決め手でした」 また、2019年に小中学校の教員から松陰塾オーナーに転身した「古河下山校」(茨城県古河市)の野村知弘さん(46歳)も、松陰塾の教育理念に共感してオーナーになった一人だ。「教員時代はいかに生徒をやる気にさせるかに腐心していましたので、『教えるのではなく、生徒たちが自ら学ぶ力をつける』『コーチングの手法を用いてモチベーションを高める』という方針を聞いて、我が意を得たり、という感じでした。効率的でシステマチックな運営体制も魅力的でした」
売り手」、「買い手」、「世間」に「天」を加えた「四方よし」の精神で経営
同社では社名をショウインとして以来、吉田松陰らを祀る山口県萩市の松陰神社を全社員で毎年参拝する。そうした縁もあり2017年、境内に松陰の顕彰碑を建立・奉納した。「吉田松陰先生の希有な教育方法を顕彰し、その教えを継承する」という文字が松陰塾の名と共に碑に刻まれ、松陰の教えを継承する塾であることが正式に認められた。 2018年には松陰の言葉を記した25基の句碑を境内の北参道に沿って設置し、「学びの道」と名付けた。さらに2022年3月をめどに、山口県の萩市内に自立学習や徳育の拠点「交友館」(仮称)が完成する。一部は地域にも開放する予定という。
田中さん 「私が経営で心掛けているのは、「四方よし」の精神です。近江商人の心得として知られる「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」に、「天によし」を加えたものです。「天によし」という気持ちがあれば、仕事を通じて世の中に貢献し、収益をあげ、たくさん税金を納めようという気持ちになります。 「自分だけ儲かればよい」という考えの人もいますが、松陰塾ではそういう方の加盟はお断りしています。世の中の役に立ち、人に喜ばれるために仕事をする。そうした思いがないと、何のために仕事をしているか分からないじゃないですか。」 大企業に入れば安泰という時代は終わり、仕事の在り方や働き方そのものが大きく変わりつつある。〝令和の松下村塾〟は、そうした激動の時代を生き抜く上で必要な素養を身に付ける場として、静かに浸透している。 文=光本 宜史