2021年6月7日に行われた記者会見で、福岡市の高島市長は、国内で初めて認知症の人が参加できる「オレンジ人材バンク」の設立、政令指定都市として初めて産学官民オール福岡で取組む「福岡オレンジパートナーズ」の設立を発表しました。誰もが自分らしく暮らせるまち・福岡市での取組の背景とこれからを編集者の帆足千恵さんがレポートしてくださいました。
認知症の人も自分らしく生きる共生社会を目指して
2021年6月7日の記者会見での冒頭に、福岡市の高島市長は「2050年、日本の人口の約1割にあたる1,000万人が認知症になる可能性がある。自分が70代半ばになることを考えるとそう遠くない未来。認知症になっても、高齢者になっても誰もが自分らしく活躍できる社会を、認知症の方も交えて一緒に考えていく」とオレンジ人材バンク・福岡オレンジパートナーズの設立の理由を語りました。
福岡市では、人生100年時代に向けて、誰もが住み慣れた地域で、心身ともに健康で自分らしく暮らせる、「ひと」も「まち」もどちらも幸せになれる社会の実現を目指すプロジェクト「福岡100」を2019年からスタート、2021年6月末現在85のアクションが実践されています。 この「福岡100」には、「シニア活躍」や「健康づくり」など14のカテゴリーがあり、「認知症」もそのひとつ。以前より進めていた「認知症フレンドリーシティ」のプロジェクトで行っていた『支援』から『社会参加、活躍』へのステップアップをはかるために創設されたのが今回の「オレンジ人材バンク」「福岡オレンジパートナーズ」2つのチャレンジです。 担当の福岡市保健福祉局高齢社会部認知症支援課の笠井浩一さんに取組の概要をお伺いしました。
笠井さん: 「『オレンジ人材バンク』は国内初の取組で、認知症の人が参加でき、商品開発や就労など企業と双方向で関わりを持つことで、共に暮らせる共生社会を構築し、認知症とともに長く自分らしく活躍することにつなげていきます。 『福岡オレンジパートナーズ』は、認知症について、企業等が自主的に「知る」「考える」「つながる」「行動する」ためのコンソーシアム(共同事業体)で、政令指定都市では初。 企業の方には、単なるサポートという認識ではなく、『人口の1割が認知症という状態になることを考えると、企業が認知症のことを理解し、認知症に有益なサービスや商品を提供することがビジネスとしても非常に有益だ』とお話しています。 平成30年度から『NEXTミーティング』という勉強会を8回実施しており、これまで90の企業、団体の中核事業の責任者や担当者が参加されました。その企業の中で認知症の人とともに商品開発を行った事例や従業員として働く事例が生まれています。 『福岡オレンジパートナーズ』では、このような取り組みを一層推進していくため、相互の連携を強化していきたいですね。そしてこの動きが福岡から全国に先進モデルとして広がるように動いていきます。」
事業イメージ
記者会見で発表されていた株式会社ニチリウ永瀬の「モノがなくならないガーデンニングトートバッグ」や「結ばなくていいガーデンニングエプロン」はその一例とのこと。
9ヶ月前から行われている認知症の方の就労の事例を次に紹介したいと思います。
当事者視点で考え、積み重ねている就労の現場
2021年6月22日、福岡市東区・アイランドアイの宮脇書店では、認知症当事者のノブ子さんが月に1回の勤務でした。10時30分〜12時の1時間半の間に、本にはたきをかけ整頓、ビニールのカバーをつけるなどの作業を行っていました。大変な集中力です。 ノブ子さんは毎回の作業を詳細にメモをし、家でそれを見返しながら、体に覚え込ませるようにしているそう。就労中はそのメモをみることなく、黙々と作業をこなしていきます。 12時に作業を終えると、店長から封筒入の報酬をもらい、満面の笑みで感想を答えてくれました。
ノブ子さん: 「家を出るとどこに行くかわからないなど外出が難しくなってきていたところに、今回の仕事の話をいただいて最初は驚きでした。そして、今の私にできることがあるなら何でもしてみたいなって。 教えていただいて、だんだんとできるようになっていくのが、本当に嬉しくて嬉しくて。私にできる範囲の仕事を指示してくださって、お店の方にも感謝しています。」
「私が働いて得たものってたくさんあるんですよ。狭くなっていた視野が広くなり、感情の変化が出て、忘れかけていたものがたくさん蘇ってきます。 私のような 認知症当事者がこのような体験ができると、世界観がまったく違ってくるんですよ。一人でも多くの方に機会があるといいですね。」 ノブ子さんの弾む、希望にあふれた笑顔に、嬉しくなってしまうひとときでした。
昨年の10月から毎月1回ノブ子さんの家と宮脇書店の往復の道のりをバスで一緒に通勤し、勤務をサポートする人がいます。福岡市から委託をうけたパートナー(コーディネーター)である福岡福祉向上委員会の代表・大庭欣二さんです。 福岡福祉向上委員会は、福祉介護で働く人が誇りを持ち、成長するために集う場として、2016年に大庭さんが創設しました。 2017年、福岡市の事業である福岡市介護人材合同就職面談会(Fukuoka Fukushi Fes.2017)で、福岡発・福岡初の福祉・介護イベントとして、ワールドカフェ形式の面談会や現役モデル介護福祉士や介護学生によるユニフォームファッションショーを行い、多くの来場者を集めたことも注目を集め、その活動がメディアなどで度々取り上げられています。
今回の動きは、大庭さんが2018年に認知症の方がホールスタッフとなる「注文を間違える料理店」について、小国士郎さん(一般社団法人「注文をまちがえる料理店」理事)の講演を福岡で聴き、感銘を受けたことに由来します。
大庭さん: 「2019年2月の『Fukuoka Fukushi Fes』でふくやさんの協力のもとに『注文をまちがえる料理店』のオマージュである『注文をまちがえるめんたい屋さん』を一日限り開店しました。 認知症のお年寄りが接客を務め、介護職を目指す学生たちがサポートし、『注文を間違えても、まあいいか』という寛容で、のびやかな社会を体験できました。 そのときの認知症の方々の活き活きとした働きぶりと役割を担う尊さ、対価としての報酬を得た時の幸福感を間近で感じました。」
「同様の想いを抱いてくれた福岡市の職員と対話を重ね、試行錯誤しつつ、さまざまなプロジェクトと融合を重ねた結果がこのプロジェクトに通じています。 認知症だからできない」ではなく、「認知症の方でも出来る」「認知症の方だからこそ出来る」を視点とした考えに基づき、「認知症」というだけで可能性を否定するのではなく、どうすれば役割を担うことができるかを考えることが大切だと感じています。 ともに考え、相互に受容する社会。年を重ねても、安心して暮らせるまちへ。福岡市はスピード感をもって進んでいると思います。 私もノブ子さんと一緒に9か月間働かせていただき、自分自身が勝手に描いていた「枠組み」を崩す大切さと、「誰のための時間」なのかを意識し、当事者の方がどう考えるのかを中心に行動してきました。自分自身も成長をさせてもらっています。 行き帰りのバスで、ノブ子さんはいろんな話をしてくれます。『自分一人で出かけることが夢』なのだそうです。 また、モノをよくなくすことがあり、お財布代わりのニモカカード(ICカード)と携帯電話を探すのにものすごく時間がかかって困るという話をきいて3つの提案をしました。ノブ子さんは、『Tile(タイル)』という捜し物トラッカーを選択し、今ではそれを使いこなしています。 問題の解決は当事者がどのように考えるかをじっくりきき、それをサポートするツールや商品、システムを提示していく。このプロジェクトは本当に始まったばかりで、どんどんひろがっていきますね。」
「オレンジ人材バンク」☓「福岡オレンジパートナーズ」のこれから
「福岡オレンジパートナーズ」の登録企業で、ノブ子さんの勤務先である宮脇書店アイランドアイ店を運営する「株式会社つなぐ」の代表取締役・名越弘樹さんに、今回の就労について感想をおききしました。
名越さん: 「弊社がBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)を行っている会社で、時間に制限のある主婦の方が多く働いていますが、認知症の方は初めてでした。お話をしながら、現在の作業をしていただいているのですが、お互いにいろんなことがわかってきて改善を積み重ねているところです。 スタッフとのやりとりもなじんできました。認知症の方のことをもっと知ることができる勉強会などがあるそうなので参加したいと思っています。」
福岡市は以前から行っていた、認知症の知識やコミュニケーション・ケア技法を学ぶ「ユマニチュード®講座」を家族・介護者向けに11月、市民向けに来年2月に開催する予定です。
まずは認知症について知識を深め、当事者の声を知ることから商品作りや就労の場が広がることでしょう。次の事例が発表される日も近そうです。
【取材を終えて】
「当事者視点で考える、ターゲットの考えを知る」ことはすべての事業やマーケティングの基礎であるはず。しかし、福祉や介護の事業、私がメインとしている外国人旅行者(インバウンド)ビジネスでは、その視点が抜けていることもしばしばあります。 当事者の喜びを直に感じることができる充実感ややりがい、仕組み作りの面白さ、介護職の中でも多様な働き方があることなども「知る」「触れ合う」ことから始まるのだと改めて感じます。 本当に豊かな社会は、認知症や様々な個性が共存し、その人らしく活躍できる、活き活きできる社会、効率だけを追い求めない、おおらかで寛容な社会だと思います。 福岡の取組から日本全国、世界へ。まずは自分自身でできることに関わってみたいと思います。 文=帆足 千恵