博多の冬の名物のひとつに「ごまさば」がありますが、なぜ博多の名物になったのか、そもそもアニサキス問題をクリアする九州のさばにはどんな秘密があるのか、という件において、我らが福岡テンジン大学の岩永学長が、どうやら誰よりも詳しいということが判明!「ごまさばば食べるときはこればネタにしちゃってん!」
福岡で美味しい魚と言えば…
福岡のことが気になる読者なら、福岡の魚が美味しいことくらいご存知だろう。多くの福岡の飲食店が扱っている鮮魚、この鮮魚のレベルが高いことはフクリパの記事「福岡の魚はNo1! 福岡で“おいしい魚”が食べられるのには、理由がある。」でも紹介されている。
鮮魚の中でも特に、東京や大阪など九州外から来た人に驚かれるのが、サバ・アジなどの青魚だ。これら大衆魚でもある青魚は、福岡の飲食店で当たり前に刺身として提供されているし、スーパーの刺身コーナーで頻度高くお目見えすることもできる。
さて、今から5年前、福岡市役所の広報戦略室から突然電話が掛かってきた。福岡の名物料理“ごまさば”について知りたいという東京のメディアに、あなたを紹介して良いか?という電話だった。 突拍子もない相談にびっくりし、その理由を尋ねると「福岡でなぜ“ごまさば”が名物料理になったのか、市役所関連の部署や長浜鮮魚市場に聞いても誰もわからなかった。インターネットで検索したら、岩永さんのブログが出てきて、その内容が一番詳しかった」と。 こちらがその記事 ⇒ 福岡最安のゴマサバが美味い!
ということで、今回は福岡の夜にぜひ味わってほしい料理“ごまさば”の謎に迫ってみたい。
アニサキスが関係?福岡で新鮮なサバが食べられる理由
そもそも“ごまさば”とはサバの種類のことではない。マサバの刺身を甘い醤油に漬け、胡麻やネギなどの薬味を乗せて食す、居酒屋にあれば絶対に注文したい定番メニューだ。 この“ごまさば”、東京や大阪から来た人が見ると「サバを生で食べるのか?」とびっくりされる。「サバの生き腐れ」という諺がある通り、サバは自己消化し細菌による腐敗が早いため、生で食すことが大都会では難しかったからだ。 2017年、厚労省が「アニサキス食中毒に注意しましょう」と注意喚起したことを覚えているだろうか。それにより多くのメディアが「アニサキス症」を取り上げ、芸能人が「サバの刺身でアニサキスにやられた」と発言しているのを見た。 アニサキスとは寄生虫(線虫)の一種で、その幼虫がサバ、アジ、サンマ、カツオ、イワシ、などの魚介類の内臓表面に寄生している。寄生している魚介類が死亡し、時間が経過すると内臓から筋肉に移動、生きた幼虫が刺身などに付いた状態で食した際に胃へ入ることで、激しい痛みが走ることを「急性胃アニサキス症」と言う。 ところが、ここ福岡でこれだけ青魚の刺身がスーパーに並び、飲食店でも提供されているにも関わらず、「アニサキスにやられた」という話題を一度も聞いたことがない。病院で「アニサキス症」と診断されたら保健所に通達がいくが、2019年の福岡市では8件しか発症していない。これにはどんなカラクリがあるのだろうか? 2011年の西日本新聞にこんなタイトルの記事が出た「九州の生サバ、なぜ大丈夫~寄生虫のアニサキス種類原因説~」。この記事にはこう書いてある。
実は名物になってきたのは最近!?
北部九州ではサバが生で食べられる文化があることはわかった。 ではいったいなぜ、福岡では“ごまさば”という料理が広まり、今では多くの居酒屋メニューとして定着していったのか?発祥の店はあるのか?実はこれがよくわかっていない。 5年前、福岡市役所広報室からの電話を受けて、こんな投稿をSNSで呼びかけた。
【おたずね】福岡・博多で「ごまさば」がなぜこんなに普及したのか?その歴史や理由など、詳しい方いませんか?
すると、多くの福岡在住歴の長い「街の先輩」たちがコメントを寄せてくれた。中には福岡の古地図・古写真やガイド本などを収集している方からもコメントがあり、有力な情報が寄せられた。 まとめてみるとこうである。 ・昭和40年代の「博多の食ガイド本」には記載なし ・昭和40年代、サバは漁師から直接買ったものの刺身は昼までに食べていた、夜にはもう悪くなっているから ・昭和40年代、サバと言えば〆サバだった ・昭和60年刊行の「福岡の食文化」にも記載なし どうやら、居酒屋メニュー的に登場してきたのは平成以降で、昭和の時代には“ごまさば”という料理名は一般に広まってすらない。 中にはこんなコメントもあった。 ・サバがよく採れる沿岸部に片寄った家庭料理だったんだろう ・居酒屋でも供されるようになったのはバブル期頃からだ ・関サバが高値がつくようになって、ちゃんと鮮度を保って流通させればサバが高く売れることに気づいたんじゃないか ・その頃からスーパーでも刺身で食せるサバが売られるようになった その後、事業でサバを扱う企業の友人から「福岡県の郷土料理(昭和59年発刊・著者:楠喜久枝)」に掲載があった、と連絡をいただき、そのページの写真を送ってもらった。見出しは、まだ“ごまさば”という料理名が認知されていなかったのか「鯖の胡麻醤油」と紹介され、本文に“ごまさば”と書いてあった。 現在確認できる最古の“ごまさば”表記はこちらである。
なるほど。 それならば福岡の漁師に直接聞いてみよう!と、毎年10月1日に宗像大社と沖合の大島・沖ノ島を結ぶ海の神事として開催されている「みあれ祭」に、2014年に船に乗せていただいたご縁のある福岡県宗像市鐘崎で長年漁師をしてきた方に話を伺ってみた。
漁師さん:「サバは一番好きな魚です。鐘崎では青魚に限らず鯛なども漬けにして船上で食べます。船上だけでなく家でも普通に作ります。今も昔も、ここでは“茶漬け”と言います。昔は保存の役割もあったのかなと思います」 もう50年ほど漁師をしており、そもそもサバ関係なく甘い醤油に漬けて食べる習慣が昔からあったことがわかる。ではいったい、いつから“ごまさば”という料理名になり、居酒屋メニューとして普及したのだろうか?
こうして福岡の夜の定番メニューになった
福岡市の長浜鮮魚市場は全国トップクラスの水揚げ高を誇り、玄界灘を中心とした海の幸が集中する港となっており、市場での「魚種別・生鮮水産物取扱高」はサバは2位になっているほど水揚量も多い。
ところが、福岡市内のスーパーの鮮魚コーナーを眺めていると「福岡産」のサバを見かけない。つまり長浜鮮魚市場から卸されたサバが福岡のスーパーに並ぶことは珍しく、多くが「長崎産」だったりするのだ。 実は、サバの水揚げが九州で断トツ多いのは長崎県で、農林水産省「海面漁業生産統計調査」(平成30年実績)によると、福岡県全体で約6,000トンであるのに対し、長崎県は約100,000トンと桁が2つも違う。とくに水揚げが多いのが松浦魚市場で全国でも3位の水揚量を誇る。 ここに国土交通省・九州地方整備局が平成27年に出した「九州管内におけるストック効果~ 社会資本整備による地域経済への効果事例 ~」という資料を紹介したい。
この15年で佐賀県から長崎県にかけて西九州自動車道が整備され、長崎県松浦市から福岡市への移動時間が大幅に短縮されたのである。さらに冷蔵・冷凍技術も向上、松浦魚市場から大量の新鮮なサバが福岡だけでなく大阪・東京にまで運ばれるようになり、東京の高級な飲食店で扱われているのだろう、「長崎県産さば」の東京卸売市場の平均取引価格はなんと約4倍にまで高騰しているほどだ。 これで条件は整った。 福岡産・長崎産と競うように新鮮なサバが市場に出回るようになり、もともと福岡の漁港近くで食べられていた甘い醤油に漬けられ食べられていたサバが、自然と飲食店でもメニューとして広がっていくようになったのである。 そして誰かがこのメニューに名前を付けた。その誰かはいまだ判明していないが、その名前こそ“ごまさば”だったのだ。 さぁ、まもなく脂がのったマサバが日本海から南下してくるシーズンが始まる。この冬も、福岡の夜で“ごまさば”をご堪能いただきたい。 そんな中、福岡の老舗醤油メーカーが美味しい“ごまさば”を食べるために作った商品があるという情報が入ってきた!次回はこれに切り込みたいと思う。 文=岩永 真一