私が小さい頃、明治生まれの祖母がちょっと怖くて不思議な話をたくさん聞かせてくれました。少しずつアップしていきます。今回は「四つ辻」の後日譚です。
「疳の虫(かんのむし)封じ、やってあげようか?」
ある日、祖母がそう言った
「それ何?」
けげんな顔をする私に祖母は語り始めた。
七歳の春、祖母は兄にいじめられて泣いていた。
それを見ていた父が兄を疳の虫封じに連れていくと言い出した。
「疳の虫?」
「意地悪したりわがまま言う子の中にいる虫だ。それを封じたら良い子になる」
兄は気が進まない様子だったが、父に頭を小突かれながら出て行った。
「待って〜」興味津々だった祖母は後を追った。
ひと山越えた隣村の大きな門のある家に着き、入口の鐘をじゃんと鳴らすと白装束の男が出てきた。
“あっ! あの時の拝み屋さんだ” 祖母にはすぐに分かった
「今日は何用かな?」
「疳の虫封じを頼みます。兄の方だけで…」
「私もやりたい!」祖母は父の言葉を遮り、そう言った。
父を別室に待たせ、道場に祖母と兄を招き入れると拝み屋さんは細長い紙にさらさらと文字のようなものを書き、それに火をつけた。
その灰と塩を、お湯を満たしたお鉢に溶かし、両手をその中に入れろと言う。
祖母はわくわくしながら手を入れ、しばらくそのまま待った。
「もうよかろう。手を出して強く握りなさい」
2、3分間言われるままにしていたら、手を開けと言われた。
なんと、手のあちこちから細い糸のようなものが出ている!
「これが疳の虫?」
「そうだ。すぐに出るとは素直で良い子だ」と拝み屋さんはにっこりと笑った。
兄には拝み屋さんの弟子がついていたが、何度もやり直していた。
「先生、出ません!」
その声を聞いた拝み屋さんは兄に正座をさせ、黙想するように命じ奥へ消えて行った。
「いつまでこうしてればいいんだろう…」
そのつぶやきを聞いた祖母はすかさず
「意地悪が直るまでずっと座ってるといいよ!」
「なんだとっ!」
兄が立ち上がって祖母を追いかけ回しているその時、拝み屋さんが戻ってきた。
それから兄はまた正座させられ、苦い苦い薬を飲まされ、額に文字を書かれ、裸にされ、冷水をかけられ、煙でいぶされ、棒で打たれ…と散々な目にあったあげく、やっと疳の虫が出た。
帰りがけ、父が礼を述べると拝み屋さんは
「兄の方はなかなか歯応えがある。私が預かろうか?」と、にやり。
「帰り道、兄さんはずっとぐすぐす泣いててね。それからしばらくは“疳の虫、疳の虫”ってからかったよ」
そう話し終えた祖母は満面の笑みを浮かべ、あらためて私に言った。
「疳の虫封じ、やってあげようか?」