福岡の経済界に精通する、近藤 益弘さんが、福岡の現在(いま)、そして未来(あした)を多彩なランキングを切り口にしながら、展望していくシリーズです。 福岡市の〝若さ〟についてデータで把握し、福岡市が〝若者のまち〟になった理由を明らかにしつつ、今後に向けた展望についても探っています。
人口増・人口増加率で20政令指定都市の中でもトップを走る福岡市ですが、人口に占める若者の割合である「若者率」においても第1位です。福岡市の〝若さ〟についてデータで把握したいと思います。また福岡市が〝若者のまち〟になった理由を明らかにしつつ、今後に向けた展望についても探ってみます。
〝大学のまち〟と言われる福岡市だが、市民の4.5人に1人は、10歳~29歳の若者である
若者たちが行き交う天神四つ角、学校帰りの女子高生の姿も目立つ博多駅前広場、若い女性向けの人気店が軒を連ねる西通り…。人口の増加数・増加率で政令指定都市のトップを走る〝元気都市〟福岡市は、若者の多いまちでもある。 総務省による2015年国勢調査の結果をもとに福岡市が政令指定都市の10代・20代の人口を比較した資料によると、福岡市は、10歳~29歳の若者人口が市内人口に占める割合が22.05%で、20政令指定都市で第1位だった。
若者(10代・20代)の割合 政令指定都市比較
「福岡市に若者が多い理由として、よく 〝大学のまち〟 と言われる。福岡市内には、主に 〝官〟 の人材育成を目的で設立された国公立大学に加えて、西南学院大学や福岡大学、九州産業大学などの多彩な私立大学が、商業やサービス業などの民間サイドから求められる人材ニーズに対して実践的な教育を通じて育成してきた経緯がある」と、九州産業大学地域共創学部の山下永子准教授は分析する。 福岡に若者が多い要因の一つとして、大学をはじめとする高等教育機関との関係は見逃せないと言える。
大学をはじめ、大学院・短大・高専・専修学校などの「高等教育機関率」でも、福岡市は第1位である
福岡市には大学に限らず、短大や大学院、専修学校も多い。『大都市比較統計年表/2017年』『2015年国勢調査』によると、福岡市内には12大学・大学院と9短大・高専があり、専修学校も87校ある。 そして、人口10万人あたりの短大・高専・大学(院)・専修学校の学校数7.02は、政令指定都市20都市に東京都を加えた21大都市比較でも第1位となっている。
人口10万人あたり 短大・高専・大学(院)・専修学校の学校数(21大都市比較)
大学をはじめとする学校が多い理由について、前九州大学教授で地域活性化や大学経営に詳しい谷川徹e.lab代表は、「古来交通の要衝だった福岡市に九大が誕生したことでヒトの交流がさらに盛んになり、九州の文化・学術の中心地になった観もある。 そして、数多くの人材を輩出した点でも新たな学校を設ける上で魅力になったのではないか」と解説する。 九大誕生が契機になって、福岡市は〝大学のまち〟への道を歩み出していた。
長崎・熊本・福岡の三県による熾烈な帝大誘致合戦での劇的勝利の結果、福岡は 〝若者のまち〟になった
今日、12大学・大学院をはじめ、100を超える高等教育機関が集積する福岡市の発展において、九州帝国大学の誘致に成功した実績は大きかった。 1900年の帝国議会で九州に総合大学の一分科となる医科大学の開設が決定すると、長崎、熊本、福岡の3県による壮絶な誘致合戦が始まった。長崎はいち早く脱落し、熊本と福岡の一騎打ちとなった。 そして1903年3月、京都帝国大学福岡医科大学の設立が決定した。官民一体の誘致活動を展開した福岡県が当時、九州の中枢として国や軍の機関が集中していた熊本県を破った。
戦後の学制改革でキリスト教主義の私立西南学院が新制の西南学院大学に、福岡高等商業学校として発足した福岡経済専門学校が新制の福岡商科大学(現福岡大学)となった。 さらに中村栄養短期大学(現中村学園大学短期大学部)、九州商科大学(現九州産業大学)、英和女学校を母体とした福岡女学院短期大学(現福岡女学院大学短期大学部)なども相次いで誕生した。 これらの大学・短大などが九州一円から学生を集めた結果、福岡市は〝若者のまち〟になった。
福岡市の商業・情報・サービス重視のまちづくり戦略が、雇用を生み出し、九州一円の若者を引き付けた
第2次大戦後、国を挙げて工業化に取り組むなか、1961年、福岡市は日本で初めて策定した総合計画である『第1次福岡市総合計画書・マスタープラン』で、「工業都市を目指す」と明言した。 しかし、1966年に新たに策定した『第2次基本計画』では商業・情報・サービス機能を強化して「九州の中枢都市を目指す」と転換し、以後、発展を続け、九州の経済・情報・文化の中心地となった。 福岡市は戦後のまちづくり戦略において市民の声などもあって工業都市路線を捨て、いち早く商業・情報・サービス都市を目指したことで、今日の雇用を生み出しやすい産業構造となった。 その結果、九州一円の若者が進学だけでなく、就職先としても福岡市へ集まっている状況を生み出している。
天神地区と博多駅地区の都市開発による雇用創出によって、まだまだ九州の若者が就職で集まる可能性を秘める
福岡市には、九州一円の若者が進学・就職で集まっている。今後の見通しとして、少子化の影響もあって進学面の伸びは厳しいと考えられる。 とは言え、「行政は、もっと大学の機能や能力を活用すべきではないか」と前九州大学教授の谷川e.lab代表は指摘する。
谷川e.lab代表:私が学生時代を過ごした京都には学生や大学を大切にする雰囲気があったのに対して、福岡の関心は低いように感じる。 この点について、九州産業大学の山下准教授もこう提言する。 山下准教授:学生の総数が減ってきてポテンシャルが低下している。もっと大学や専門学校の集積を意識した連携や政策を展開すべきである。
一方の就職面であるが、天神・博多駅地区の都市開発の動向次第では、依然として若者を呼び込み続ける可能性を秘める。 昨今、動き始めた天神地区の再開発事業「天神ビックバン」では、既存の延床面積44.4万㎡が約1.7倍の75.7万㎡へ拡大し、雇用者数も従来の4万人から約2.4倍の9.7万人へ増加する見通しである。 博多駅周辺の再開発事業「博多コネクティッド」では、延床面積34.1万㎡から約1.5倍の49.8万㎡へ拡大し、雇用者数も3.2万人から約1.6倍の5.1万人への増加を見込む。 従来、商業・情報・サービス主体の産業構造を特色とする福岡市は、一連の都市開発の進展によって、さらに雇用が拡大していくと、九州一円に留まらず、西日本一帯、さらには東アジアからも若者らが就職先として選択することも考えられる。 依然として福岡市は〝若者のまち〟であり続ける可能性を秘めている。
都市開発のハード整備に加えて、産業の集積・振興のソフト戦略の進展が、これからのカギを握る
現在、九州一円から若者が集まってくる福岡市だが、対東京圏との関係では福岡市内の15~19歳、20~24歳ともに転出超過。『福岡市人口ビジョン』によると、500人弱が高校卒業後、1000人超が大学卒業後、東京圏へ進学・就職している。 つまり、福岡市外の若者が福岡市へ流入する半面、福岡市内の若者は東京などの都市圏へ流出していた。 このような課題に対して、福岡は産学官でシーサイドももちでの情報産業の集積、アイランドシティでの健康・医療・福祉分野や知識創造型産業の集積、九大学術研究都市でのナノテクノや水素エネルギーなどの研究開発に取り組んできた。 これらの取り組みに加えて近年、福岡市では国家戦略特区を〝追い風〟にして、スタートアップ事業にも力を入れている。
「福岡市は起業都市だ」――。2019年6月に福岡市で開かれたG20蔵相・中央銀行総裁会議において、ラガルドIMF専務理事は福岡市の取り組みを評価した。 今後も福岡市が若者にとって、魅力的なまちであり続けるのか。 都市開発・産業集積などの〝ハード〟整備に加えて、新たな産業の集積や振興、さらにスタートアップ事業に代表される〝ソフト〟戦略。これらが今後、いかに奏功するかが、カギになっているのは間違いない。 文=近藤 益弘
参考資料
『Fukuoka Facts~データでわかるイイトコ福岡~』 http://facts.city.fukuoka.lg.jp 『まち・ひと・しごと創生(参考)福岡市人口ビジョンその後の推移』(2019年3月版) https://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/49519/1/jinkou_vision.pdf?20190530162109 『福岡市の主な統計』 https://www.city.fukuoka.lg.jp/shisei/toukei/index.html 『フォーラム福岡』Vol.21「ヒトづくりで拓く、福岡/九州の未来」 『フォーラム福岡』Vol.48「まちづくりのイノベーション」