續・祖母が語った不思議な話:その弐拾壱(21)「おむかえ」

 明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」、多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

 小学2年生の春、祖母と土筆(つくし)を摘みながらO川の河原を歩いていた。
 うららかな陽を受けた水面が、あちこちでキラキラと銀色に光る。
 「おばあちゃん、あれ何?」
 「魚の群れだね。この辺だとフナかな」
 またキラキラと光った。
 水際にはどんこがいたので捕まえて水と一緒にビニール袋に入れた。

「さて、この辺りでお昼にしようか」
そう言うと祖母はビニールシートを広げお弁当を取り出した。
塩味の効いたおむすびをパクパク食べていると、魔法瓶から注いだお茶を手渡しながら祖母が言う。
「私が子どもの頃にお父さんから聞いた不思議な魚の話を思い出したよ。聞くかい?」
「聞かせて! 聞かせて!」
 勢い込んでお茶を飲み干すと、「あらあら」と笑いながら祖母は語り始めた。

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 ある年の春も終わろうとする頃、祖母の父は仕事で遠方に出かけた帰りにいつもの山路を抜けるのではなく海沿いの道を歩いていた。
 大きく突き出した岬を回ると見慣れた漁村が見えてきたが、どことなく以前と様子が違う。
 近づいてみると違和感の原因に気が付いた。
 村の端にあった漁具小屋がなくなっている。
 不思議に思った父は村長の家の戸を叩いた。

 「いや、もう全員死ぬるとこでしたわ」
 口を開くなり、村長が言った。

 「漁師のMが妙な魚を釣ったのが始まりでしてな」
 「変な魚とは?」
 「半月くらい前、不漁が続いとりまして。普段は行かん流れ仏(水死人)がよう見つかる仏壇岩、あの辺りまで出かけたMが釣ってきたんですわ。赤い冠みたいなのんが付いた銀色の長い長い…三つんときから海に出とるわしも見たことのない気味の悪い魚でしたわ。あまりに奇妙で、村の皆を集めたが誰も見たことがない…」
 「深い海の中におるのが出てきたのではないか?」
 「へえ、そうかもしれません。ただほかにも気味が悪いことがありまして…」
 「どんな?」
 「へえ、腐った肉のような嫌な匂いがしましてな。漁師は験を担ぐんで声を合わせて海に帰すように言いましたが、Mは珍しい魚だから高く売れるかもしれんと聞く耳を持ちませんでした」

 「持ち帰ったのか?」
 「へえ。家の大けなたらいに魚を入れて上に板を被せてました。そしたら…」
 「そしたら?」
 「へえ。Mんとこの四つになる息子が『魚が話しよる』って言いだしたんですわ」
 「魚が…何と言った?」
 「へえ。『むかえにこいこいあかいはた』小さな声でこう言ったそうなんです」


 「…赤い旗っちゅうのは何だろうな?」
 「へえ。Mの家では縁起担ぎに赤い大漁旗を入口に貼っておったんで、そのことじゃなかろうかと。さすがのMもそれを聞いて恐ろしゅうなったようで魚を元んところに帰そうとしたんですが、もう陽も暮れており波も高くなっていたんでそれもできん。皆で話しおうて漁具小屋にたらいを運び赤い大漁旗を表に貼ったんです。やれやれと皆が家に戻っていると、沖の方で真っ黒な海が小山のように盛り上がったんですわ」
 「津波か?」
 「へえ…あ、いえいえ、あんな津波は見たことありません。盛り上がったのは海のごくごく一部で、それがあっちゅう間に押し寄せて来て漁具小屋を飲み込むと跡形もなくさらっていきました。普通じゃないモンが現れた後には普通じゃないことが起きる…言い伝えは本当でしたわ」
 頷きながら村長そう締めくくった。

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 「子どもが声を聞いていなかったら…」
 「おそらく村は丸ごとやられていただろうね」
 「…ちょっと、このどんこを川に帰してくるよ」
 「それが良いね」
 祖母はもう一度笑った。
 満開の菜の花が揺れた。

チョコ太郎より

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※この記事内容は公開日時点での情報です。

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