明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」、多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
大学在学中、夏に長崎県の壱岐に数日間泊まり込んで行う「民俗調査」に毎年参加した。
初めてフィールドワークを行ったのは漁村だった。
幸をもたらすが、常に危険もはらむ海との付き合いの中から生まれた慣習・信仰はとても興味深かった。
中でも豊漁や危険を鳴いて教えるという船霊様の話に惹(ひ)かれた。
「船霊様は木の入れもんに納めて船ん真ん中におまつりする、昔っからの大事なしきたり。今でん“知らせ”なあるよ」そう語る年配の漁師Jさんから見せてもらった木箱には紙で作った人形と米などと一緒に賽子(サイコロ)が二つ入っていた。
「なぜ賽子を入れてたんだろう?」
調査を終え実家に帰ったときに祖母にこう聞いた。
「賽の目は人の力でどうにもならない…神様の意志が宿ると思われているからだね。私が育った近くの漁村では神主さんが占った方角に住んでいる女の子の髪の毛の束を依代(よりしろ)にしていたよ。船霊様は女神さんだからってね」
「方角は変わるの?」
「そのときの恵方に合わせるんだよ。方違え、鬼門、北枕…昔から吉凶と密接に結びついているから方角は大事だよ」
「おばあちゃんありがとう。ここでも民俗調査ができたよ」
祖母はにっこり笑った。
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翌年も民俗調査に申し込んだが、それより先にサークルの合宿で壱岐に行った。
合宿と言いながら目的は後輩たちとの親睦を深めること…つまり遊びがメインなので気楽なものだった。
夏の島ということで自ずと海で過ごす時間が多かった。
島を経つ前日、ビーチバレーに興じるメンバーから離れ一人海に入った。
湾の出口あたりまで泳ぐと少し疲れたので背泳ぎをしながら休んでいた。
流れる雲を見ながらしばらく浮いていると突然、船霊様の像が頭に浮かんだ。
それと同時に「方角は大事だよ」という祖母の言葉を思い出した。嫌な予感がして周囲を見渡すと進む方角がずれており、砂浜で遊んでいるメンバーが見えないくらい沖にいた。
「知らないうちに引き波で流されたんだ!」慌てて方向を変え、陸地に向かって泳ぎ出した。
引き波のせいでなかなか進まず、浜に着いたときにはへとへとでしばらく動けなかった。
「どこに行ってたんですか?」と後輩に聞かれ
「あの世の入口…」と答えたのはまんざら冗談でもなかった。
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その二週間後、今度は民俗調査で壱岐を訪れた。
あの漁村を訪ねこの出来事を話し、船霊様にお神酒を供えた。
漁師のJさんは「船霊様が助けてくれたんじゃなぁ。真面目に調べていたあんたを気に入ったんかもしれんなぁ」と感慨深げにつぶやいた。
チョコ太郎より
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