私が小さい頃、明治生まれの祖母がちょっと怖くて不思議な話をたくさん聞かせてくれました。少しずつアップしていきます。
前に聞いた杣人(そまびと)のNさんの話が面白かったので、もっとないかと尋ねると
「こんな話もあったねえ」と祖母は話り始めた。
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ある夏、Nさんは山を二つ越した先で仕事をしていた。
そこは足場の悪いところで思った以上に手間取ってしまい、終わった時はすっかり日が暮れていた。
「暗うなったで、今夜は泊まっていきな」
依頼主はそう言ったが
「真ん丸なお月さんも出とるし、山道には慣れとるけね」
とNさんは家路についた。
夜道を進む事一刻(約二時間)、突然湧いた黒雲が月を隠してしまった。
提灯は持っていたが足元しか見えず、悪い事に雨まで降り始めた。
「こんなことなら泊めてもらうんだったなあ…」
後悔しながら山を下っていると、遠くにちらちら灯が見えた。
これは助かったと脚を早め進んで行くと大きな家に着いた。
遅い時間にも関わらず家中に灯がついており、戸口には奇妙な蛾が数匹舞っていた。
戸を叩くと髭(ひげ)をたくわえた男が出てきた。
話しかけようとすると、慌てて身振り手振りで“喋るな”と伝えてきた。
男に引かれるまま家の中に入り、座敷に通されると布団を囲み五人の男が黙って酒を呑んでいる。
“これは…通夜か。妙な時に来てしまったなあ…”
Nさんはそう思ったが、勧められるまま酒を呑んだ。
しばらくすると奇妙な事に気づいた。
弔問の客が一人来ると先にいた者が一人出て行く。
しかも来るのはすべて男だ。
そうやって入れ替わりを繰り返しているうち、また新しい客が入って来た。
Nさんは最初に案内してくれた男から立つように促され、そのまま家を出た。
「不思議に思ったろうが勘弁してくれ。うちに伝わる決まりなんじゃ。守らんとあんたにも凶事があるでな」
門の外まで送ってくれた男はすまなそうにそう言った。
Nさんは逃げるようにその場を離れた。
「いろいろ気味の悪い家だったが、一番は死人の口にも喋らんようにお札が貼られとったことやな」
Nさんはそうつぶやくとぶるっと身震いをした。