明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズ。今回は祖母のおじいさんの話です。
時代は江戸末期、季節は夏、藩命で遠方に出かけていた祖母のおじいさんは仕事を終え、以前怪異から助けられた寺に立ち寄った。
目的は住職に改めてお礼を伝えるためだったが、それよりも幽霊の掛軸をもう一度見たいと思ったからである。
山門を掃いていた小僧さんに告げると奥の部屋に通された。
そこでかなり長い時間待たされ仕事の疲れからこくりこくりと舟を漕ぎ始めた頃、ようやく住職が顔を見せた。
「お待たせしてしもうたのう。ちょっとやっかいな客があってな」
「いや、構いませんが、やっかいな客とは?」
「一刻(約二時間)程前、拙僧がお務めをしとると小僧が走り込んで来て、妙なモンを背負った人が石段の下を通ったと言うんじゃ。気になったんで僧侶どもにその旅人を連れてくるように言うた。あんまり遠くへ行っとらんかったんで、旅人はすぐにこの寺にやって来た」
「何を背負っておられたのかな?」
「ほかの僧たちは感じなかったようじゃが、真っ黒な猿のような赤子のようなモンが背中の行李にしがみついとるように見えた。旅人に荷を下ろすように言い、どこへ行くのか尋ねると『自分は山二つ向こうの髪油屋で、この山を越えたT町に仕入れに行くところじゃ』と言う。道中変わったことはなかったか、妙なモンに出くわさなかったかと問うと、しばしの沈黙の後話し始めた」
ひとつくしゃみをすると住職は話を続けた。
「ここに来る途中の淵で足を止め、しゃがんで水を飲んどると背後から『旅人(たびにん)さんはどちらまで行かれますか?』と声をかけられた。振り返るとこの辺では見たこともない美しい女がにこにこしながら立っとる。T町まで仕入れに行くと告げると『お願いがございます。その町の池の畔に住む身重の姉にこれを届けてほしいのです。中には大切なお守りが入っており、開けるとご利益が消えてしまうので決して開けないでください。願をかけていますので、誰にも話さないでください』と風呂敷に包んだ上に紐で幾重にも縛った桐箱を手渡された。仕入れに行くところで荷物も軽かったのもあるが、女の声を聞いとると夢心地になって断れんかったそうじゃ」
「その箱には何が入っておったのですか?」
「男は真面目での。開けようとは思わんかったそうじゃ。じゃが儂(わし)には、ろくでもないモンじゃというのはすぐに分かったので行李から取り出し開けてみた。中にはくり抜かれた目玉が八つ入っとった。大きいもの小さいもの、血が付いとるものもあれば干からびとるものもあった。そして異様な手紙…としか言いようのないもんも入っとった」
「め、目玉に手紙!」
「真っ黒い紙に朱を付けた指で直接書いたような文字で『トウソロウ ヤツ コノモノフタツ』とあった」
「どういう意味でしょう?」
「集めた目玉が八つ、この旅人から二つ取れば十揃う…怪(あやかし)に使いにやらされて自分が最後の獲物になるところじゃったというわけだ」
「旅人はどうなりましたか? 目玉と手紙は?」
「目玉と手紙はすぐに焼いたがひどく嫌な匂いがしたな。男にも妙な匂いが付いとるんでもう二三日この寺に留めおくことにした。そうそう。男が立ち寄った淵、地元のもんは〝牛鬼ヶ淵〟と呼んでおって、昔から人が消える淵じゃと言うて近づかんよ」
ここまで話したとき山門を掃いていた小僧さんが茶を運んで来た。
茶と菓子を置くとそそくさと奥に戻って行った。
「変異に気付いたのは今の…」
「あの小僧ですじゃ。ありゃあ不思議な小僧での…おっと、いかんいかんそろそろ法事に行く時間じゃ」
「それでは私もおいとまいたします」
「小僧の話は次にお出でになられたときにでも。また寄ってくだされ!」
そう言うと住職は立ち上がったので、おじいさんも一緒に腰を上げた。
住職に聞いた不思議な話のことを考えながら山門を抜け石段を下っていると、おじいさんはあっと声を出した。
「しまった! 幽霊の掛軸見せてもらうのを忘れとった!」
そのとき昼八つ(午後二時)を告げる寺の鐘が山々に響き渡った。
チョコ太郎より
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