續・祖母が語った不思議な話:その肆拾弐(42)「蛇の目」

 明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

 小学校に入る前の年、世の中はちょっとした妖怪ブームだった。
 漫画やアニメ、実写番組にも毎週妖怪が登場していたが、子ども達の間でも特に話題だったのが映画「妖怪百物語」。
 春の公開時に見逃しており、映画の話に入れず悔しい思いをしていたところ、二番館(名画座)で上映されるとの情報を得た。
 祖母にねだって初日に駆けつけた。
 映画は噂に違わず、土ころびから始まり百鬼夜行で終わる妖怪好きにはたまらない内容だった。
 どの妖怪も良かったが、落描きから実体化し当時の人気芸人と絡む不気味だがユーモラスな傘化けが特に気に入った。

 家に帰り、祖母と映画に出てきた妖怪の話をしているとき箪笥(たんす)の上に映画で観たような傘があるのに気が付いた。
 「おばあちゃん、傘化けがいるよ!」
 「あぁ、見つけたかい。それは私がお母さんからもらった大事な傘だよ」
 「大事な?」
 「そう。それはね…」と祖母は語り始めた。

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 祖母の母がまだ六、七歳の頃、伯父の引っ越しを手伝いに行った。
 手伝いといっても不要な物を屑屋に売りに行くという簡単なものだった。
 屑屋との何度目かの往復を終えた時、門の横に放り出されていた蛇の目の傘を見つけた。
 赤い地に白で大きな輪が描かれた大きく立派なものだったが開かない。
 祖母の母は伯父に話し、手伝いの報酬としてその傘を貰うことにした。
 
 持ち帰って調べてみると小骨(開く時に支える内側の骨)が何箇所か折れていた。
 仕組みが分かると修理は思ったより簡単で、家に合った別の古い傘をばらして部品を差し替えると綺麗に開くようになった。
 それからはその傘が大のお気に入りになり、晴れている日も持ち歩くようになった。

 それからふた月程経った秋も深まった頃。
 祖母の母は隣町へのお使いに行った帰りの山道で迷っていた。
 普段は遠回りでも平地を行くのだが、遅くなったから近道をと山越えをしたのが間違いだった。

 日は陰りどんどん暗くなってきたうえ雨まで降り出し、山中からは獣の声が聞こえる。
 心細い気持ちでいっぱいになったが傘を開き山道を進んでいると、いつの間にか誰かが前を歩いている。
 誰だろうと思い傘を上げると誰もいない。
 傘を下ろすと草履と着物の裾がチラチラと見える。
 不思議と怖いとは思わなかった。
 ただ、「ついて行ったら大丈夫」と強く感じた。
 傘の内から見える足元を道案内に下って行くこと半刻(約1時間)、無事村の入口に着いた。
 不思議な先導者は消えていた。
 傘を下ろし夕空を見上げると、いつの間にか雨も上がり紅葉がさらさらと舞っていた。

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 「すごい傘だね!」
 「それから何度も母と一緒に危機をくぐり抜けた傘なんだよ」
 「傘も恩を感じたのかな?」
 「どうかねぇ…まぁ物を大切にすることはいいことだよ」
 「おばあちゃんはその傘差してみた?」
 「今でも時々手入れする時に差してみるけど、その度に横に誰かが立っているような気がする。不思議な傘だよ」
 「ふ〜ん」

 それから数日後、祖母がいないときに傘を広げてくるくると回してみたが何も見えなかった。
 「な〜んだ」と閉じようとしたとき、真っ赤に色づいた紅葉の葉が一枚どこからともなく降ってきた。

チョコ太郎より

 99話で一旦幕引きといたしました「祖母が語った不思議な話」が帰ってきました!この連載の感想や「こんな話が読みたい」といったご希望をお聞かせいただけるととても励みになりますので、ぜひ下記フォームにお寄せください。

※この記事内容は公開日時点での情報です。

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