明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
小学二年生に学年が上がった春の日。
家に帰ると門から妹が飛び出して来た。
「にわにへんなのがいるよ!」
見ると2mくらいありそうな蛇が庭から縁の下にそろそろと入って行くところだった。
縁の下をのぞいてみたが、真っ暗で何も見えない。
家に入り懐中電灯を探していると、どうしたのかと祖母が声をかけてきた。
「縁の下に大きな蛇が入って行ったから探すんだ」
「蛇の色は?」
「黄色っぽくて黒いすじがあったよ。大きさは2mくらい」
「シマヘビだね。悪いことはしないからそっとしておおきよ」
「そうかなぁ…」
「そうそう。その代わりと言っちゃなんだけど、今思い出した話をしてあげる」
「うん! 聞きたい!」
笑顔でひとつうなずくと祖母は語り始めた。
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祖母のおじいさんの遠縁に孫左衛門という人がいた。
ふんわりとした外見、温厚な性格でありながら剣の腕が立ち、藩で指南役を務めていた。
ある年の正月に行われた剣術大会で見事一等になり、城に昔から伝わる名刀を賜った。
下戸に近い孫左衛門だったが、自分を祝ってくれる席ということで断ることもできず無理をして大酒を飲んだ。
酒宴が終わったのはかなり遅く、日も落ちかけている家路をふらふらとたどっていたがどうにもきつくなり、途中にあった神社の御神木の根元にひと休みと座り込んだ。
「?」
寒さで目を覚ますと辺りは真っ暗。
こりゃいかんと慌てて神社を後にした。
帰宅したときにはもう日が変わっていたが、城からの連絡を受けていた家では皆が起きて待っていた。
「いや、すまんすまん。飲めない酒を飲まされてな…ま、堪忍してくれ」
「好事、魔多し…途中で何かあったのではないかと心配しておりましたが、祝いの宴でしたら良うございました」
「奥よ心配するでない。変わった事なぞ何も…あ、ない! ないぞ!」
「何もなかったのなら良かったですね」
「いやない! ない!よくない! 殿より賜った名刀がない!」
さあ大変、もしも見つからなければお家取り潰しだと夜中にもかかわらず全員が刀を探しに走った。
孫左衛門も自分が通った道を舐めるように探しながら進んだ。
「旦那様! 旦那様!」
先行していた使用人が大声で叫びながら戻って来た。
「あったか?」
「いえ、仰られた神社に行き御神木の根元を探そうとしたのですが、大きな蛇が蟠(わだかま)っていて手が出せません。他の者も呼んだのですが、今にも飛びかかってきそうで、皆怯えてどうにも…」
「よし、儂(わし)が行こう」
神社の前には家人たちが佇んでいた。
「危ないですからおやめください」と口々に止めたが孫左衛門は御神木に向かった。
木の根元を提灯で照らすとそこに蛇はおらず、拝領刀が鎮座していた。
「古(いにしえ)より名刀は姿を変じ我とわが身を守ると言うが、真(まこと)だったか…」
この出来事に関し孫左衛門の家では口を閉ざしていたが、いつの間にやら城下の噂となり、ついに城から呼び出しがかかった。
覚悟して登城すると殿をはじめとするお歴々の前でことの子細を話し、「この咎(とが)は拙者にあります。切腹をお申し付けください。ただ家の者は何とぞ…」
そう頭を畳にこすりつける孫左衛門に殿が言った。
「刀は戻ったのであろう? それで良いではないか。それよりわが藩に蛇に化けるほどの名刀があったということのほうが愉快じゃ。その刀には新たに『大虫』という名を与える。大事にしろよ」
孫左衛門は罪に問われるどころか褒美まで貰って城を後にした。
それから家は大変栄えた。
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「へえ! 蛇に化ける名刀かぁ。今もあるの?」
「第二次大戦のとき空襲で刀を納めていた母屋が焼夷(しょうい)弾の直撃であっという間に全焼したんだって。その時、燃える家の中から大きな蛇が這い出してきてね。それを見た奥さんが追いかけていったら四つ辻に刀が転がっていたんだって」
「命があるみたいだね」
「うん。奥さんもそう思ったようで『このままうちで持っていて、もしなにかあったら申し訳ない』と地元の神社に奉納したんだよ。戦争が終わって十年くらいして神社が立て直しになり、今はO県の県立博物館に収蔵されているよ」
「良かった! ずっと大切に残してほしいね。あ、蛇もそっとしておくよ」
「それがいいね。蛇は家の守りと言われるし、鼠も食べてくれるからね」
「あ、そうか。おばあちゃんの天敵の鼠!」
「そうそう」と祖母が笑った。
チョコ太郎より
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●「函の話」は多くの読者の方から「書かないほうが良い」という声をいただきましたので、しばらく触れずにおこうと思っています。