明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
この季節になると思い出す話がある。
祖母が「お母さんから聞いたんだよ」と言いながら聞かせてくれたお話だ。
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ある年の冬、祖母の母親の村に流行病(はやりやまい)で家族を亡くした老婆が一人流れて来てそのまま住み着いた。
ほとんど口もきかず村人との交流も無かった。
山を歩き回り何かぶつぶつと唱える姿をよく見かけた。
子ども達も「鬼が化けているんじゃ…」「病がうつるぞ」と恐れて近づかなかった。
それからしばらく経ったある日、村に住む「はな」という娘に不思議な事件が起こった。
はなは五つ、父母と三人暮らし。薬屋を営んでいたが、遠くの村からも評判を聞きつけて買いに来るほどで家は裕福だった。
事の起こりは正月も終わりしばらく経った頃。
夜中にはなが泣きながら起き出して来た。驚いた父母がどうしたのかと訊くと「小さいお姫さんが来て踊るからこわいこわい」とまた泣く。
両親は夢でも見たのだろうと思っていたが、それが三日続いた。
不審に思った母は怖がるはなを寝かしつけ、隣りの部屋で様子をうかがっていた。
丑三つ時を過ぎた頃、うとうとしていると隣りの部屋から物音が聞こえた。
おそるおそる襖を開けると、はなが眠ったまま踊っている。
慌てた母が肩を掴むと、はなはその場に昏倒した。
これは唯事でないと翌朝早くからお寺や神社に尋ねて廻ったが、どこも首を捻るばかり。
困惑する父母をよそにはなは目を覚ます気配もない。
ほとほと困っているとあのおばあさんが廊下をやって来た。
後を追って来た店番の小僧は「駄目だと言うのに『あの子が危ない』とどんどん入って来たんです」と困り顔。
口を開こうとする両親を押し止めると、持っていた風呂敷を解き面を取り出した。
それは四つ目の鬼だった。
おばあさんは面を被ると眠るはなの周囲を踊りながら廻り、全ての部屋を廻り、家の外をぐるりと廻った。
「目をお開け」
戻って来たおばあさんがそう言うとパチリとはなが目を開けた。
おばあさんは懐から小袋を出し、そこから豆を六つ取り出した。
「今から儂が唱えるのに合わせてそれを食べろ」と言う。
はなはコクリとうなずいた。
「ひ・ふ・み・よ・い むなやここのたり」
食べ終わるのを見届けると面をはずし、それを母親に渡した。
「はなは質(たち)の悪いモンに見込まれかけとったんじゃがもう大丈夫。その面は方相氏ちゅうて厄を祓う力がある。それを家の中に祀っておけ」
「ありがとうございます。ぜひお礼をさせてください」
「礼なぞ要らんよ。はなは儂を怖がりもせずに山によう着いて来て、いつもあれやこれや手伝ってくれたんじゃ。昔亡くした娘の小さい頃によう似とってなぁ…儂は本当に嬉しかった。だからほっておけんかったのよ」
そう言いながらはなの頭をひとつなでると、おばあさんは帰って行った。
元気になったはなはそれから毎日おばあさんの家に行くようになった。
山や町でもいつも一緒にいて、それを見た村人たちもいつしかおばあさんと親しくなっていった。
たった一人でこの村に流れて来たおばあさんは百歳まで生き、村中の人に囲まれ、はなの手を握りながら天に還って行った。
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今年の節分には久しぶりに歳の数だけ豆を食べてみよう。
このお話を書きながらそう思った。
チョコ太郎より
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