明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
祭りの夜、神社から暗い夜道を帰る時、ひたひたと後をついて来る。
夜中に厠(かわや)に行く途中、廊下から庭を見ると月明かりに照らされニヤリと笑う。
離れにある五右衛門風呂に入っていると外をぐるぐると回る気配がする。
…きつねはそこらじゅうに隠れていていつも人を化かそうと狙っている…小学校に上がる頃まで、そう信じていた。
同じ化かすにしてもたぬきは愛嬌があるが、きつねは怖かった。
しかし怖いものほど興味を引かれるもので、ある日祖母に頼んだ。
「おばあちゃん、きつねの話聞かせてくれない?」
「きつねの話はたくさんあるけれど…どんなのが聞きたいのかな?」
「化かされる話!」
「じゃあ、私がおばあさんから聞いた話をしようかね」
と祖母は話し始めた。
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おばあさんが七つくらいの頃、平屋(たいらや)という実直そうな行商人が訪ねて来た。
廊下に座り背中の小折を下ろすと、父母を呼んできてほしいと言う。
奥から連れてきた父は行商人を見ると相好を崩した。
「久しぶりだのう。変わりはなかったか?」
「変わりはありませんでしたが、不思議な目に遇いました」
「面白そうだの。聞かせてくれ」
「はい」
母が持って来た茶を一息に飲み干すと、煙管に煙草を詰めながら平屋は話し始めた。
「ひと月ほど前、夕月村の庄屋から呼ばれて山越えをしておりますと、何かがついて来る気配がしました。振り返ると十二、三の娘っ子…けれども、どこか様子がおかしい。先に行かせようとすると隠れ、歩き出すとまたついてくる。『そっちに行かんがええよ』『命が惜しけりゃ引き返しなされ』と後ろから絶えず声を掛けてくる。気味が悪くなったので足早に進んでおりますと道の先に山伏が座っていました。頭を下げて通り過ぎようとしたとき腕をつかまれました」
煙管に火をつけると話を続けた。
「山伏は『お主を狙ってきつねがついてきておる。このままだと間違いなく化かされるから呪(まじな)いをしてやる』と言われました。あぁやはりあの娘はきつねだったか! と合点が行きましたので呪いをお願いすると、滝に連れて行かれ服を脱いで身を清めさせられました。それから山伏がなにやらいい匂いのする練り薬のようなものを取り出し体に塗れと言うのでその通りにしました。塗り終わると山伏は『よしと言うまでここに座って黙想しろ』と言われました。しばらく目をつむって座っていましたが、あまりに長いので薄目をあけると山道の真ん中に裸で座っていました。体からはとても嫌な匂いがしました。なんと塗ったのは煙草のやにだったのです」
ここまで話すと煙草を一服。
「さてはあの山伏もきつねだったか! と思いましたが時既に遅し。ぶつぶつ言いながら峠を越え山道を下っておりますと突然山鳴りがし、真っ黒いものがざぁーっとまっすぐに向かってきました。呆然と立ち尽くしておりますとそれは私のまわりを七周廻り、来たときと同じように山鳴りと共に消えて行きました。これもきつねの仕業か! と呆れながら山を下りました」
ここでまた一服。
「あんまりやにの匂いが酷いので川に入って体を洗っておりますと、通りすがりのご同業から何をやっているのかと聞かれました。恥ずかしながらきつねに化かされたとこれまでのいきさつを話すと、その男は目を見開き『あんたはそのきつねたちに命を救われたぞ! あの山にはうわばみがおって、旅人が何人も喰われとる。あんたが塗らされた煙草のやにはうわばみの一番苦手なもんじゃ』と言いました。それを聞いた刹那、全身に震えがきて腰が抜けました」
またまた煙草を一服。
「なぜきつねは助けてくれたんかのう?」と父が聞いた。
「これまで忘れていましたが十年くらい前に家にぼろぼろなきつねが来たことがありました。近づいても逃げもせず、じっと私を見ながら座っておりました。腹には子がおるようで、あんまり痩せているのが可哀想で夕飯の残りをやりました。きつねとの関わりといえばそれくらいです」
「腹におった子ぎつねが母に代わってか…化かして恩返しというのもきつねらしいの」
「はい命拾いしました…でも、煙草のやには二度と御免ですが」
そう言ってプカリと煙を吐き出すと平屋は次の村へ旅立って行った。
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「こんなきつねなら化かされてもいいや!」
「日本ではきつねを祀ることは昔からやっているし、神様の使いだったりもするからね」
この話を聞いて以来、きつねは怖くなくなった。
チョコ太郎より
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