わが家の子どもたちと同じ学習塾に通うNちゃんは小学校3年生の女の子です。お父さんを見かけたことがなかったためNちゃんは母子家庭だと思い込んでいました。そんなある日Nちゃんが私に「お父さんはずっと病院にいて目も開けないの」と教えてくれたのです。
女の子との出会い
Nちゃんはわが家の子どもたちと同じ保育園。
長男よりお姉さんだったので、保育園時代はまったく会話をしたことがありませんでしたが、Nちゃん親子とは毎日のように顔を合わせていました。その後長男も卒園し小学校に入学して少したった頃、長男が通う学習塾にNちゃんが入塾してきました。
知らない子どもたちがたくさんいる中で不安そうにしていたNちゃんとお母さん。私がNちゃん親子に気づき話しかけると、最初は驚いていたものの固い表情だった二人の顔に笑顔が戻りました。
小学校と学習塾でNちゃんと頻繁に顔を合わせるようになり、そのうち会うたびにちょっとした雑談をする間柄になりました。Nちゃんはとっても明るい性格で、歌を歌ってくれたり、お母さんの失敗話をして私を笑わせてくれたりするのです。
目を開けないお父さん
ある日学習塾で私が子どもたちを待っていると、Nちゃんが教室から出てきました。
「今日はおじいちゃんが迎えにくるから待っているの」と。女の子が一人で待つのも心細いだろうと思い、一緒におじいちゃんを待つことにしました。
「おじいちゃんは髪の毛ないからツルピカって呼んでいるの」
「今日はうどんを食べに行くんだ」などの他愛もない話から、Nちゃんはお父さんの話を始めたのです。
「赤ちゃんの時、一緒にお風呂に入っていたら急に倒れて、ずっと入院している。目も開かない。お話も聞こえていない。もうすぐ死んじゃうと思う…」と。
淡々と話すその顔はどこか寂しそう。それまで母子家庭だと思い込んでいた私は非常に驚き、少しの間言葉を失ってしまいました。お母さんは女手ひとつで子育てをし、仕事を持ち、お父さんの病院へも通っているのです。
学習塾へはおじいちゃんがお迎えにきて、Nちゃんは土曜日も学童保育に預けられ、夕食も外食が多い理由のすべてに納得がいきました。
おじいちゃんの急変
それから数カ月間、学校でも学習塾でもNちゃん親子の姿を見かけない日が続きました。
忙しいのかなとあまり気に留めていませんでした。そんなある日、久しぶりに小学校でNちゃんのお母さんに会いました。私が笑顔で話しかけるとお母さんの様子がいつもと違います。
普段は黒のパンツスーツを着こなして、ハイヒールでさっそうと歩いているNちゃんのお母さん。しかしその時は、髪はぼさぼさ、目の下にはクマ、頬もこけたように見えました。Nちゃんのお母さんは、疲れ切った様子でこう話し始めました。
「おじいちゃん体調が悪いというので病院に連れていったの。そしたら末期の肺がんだって。介護休暇を急いで取ったのだけど、あっという間に死んでしまったの…」と、先日に植物状態のNちゃんのお父さんのことを聞いたばかりだったのに、今度はおじいちゃんまで亡くなるなんて。
衝撃的な事実を知らされ、私は唖然としてしまいました。お母さんの心労は頂点に達していたことでしょう。おじいちゃんはNちゃん親子と同居しており、Nちゃんのお母さんの大事なサポート役でもあったのです。
「Nだけが生きがい」と涙ながらに話すNちゃんのお母さんの訴えを、私は黙って聞いてあげることしかできませんでした。Nちゃんはこんなお母さんの様子をそばで見守りながらも
「でもね、おそうしきでみんな(親戚)に会えて楽しかったよ」とおどけています。
女の子の強さに励まされた
おじいちゃんが亡くなって悲しいのはNちゃんも一緒。
おどけて見せているのはお母さんを元気づけるためかもしれません。その姿にNちゃんが持つ「強さ」を感じ頭が下がる思いでした。そして毎日家事や育児に不満ばかり言っている自分がとても恥ずかしくなったのです
「生きているだけ十分じゃない!」お父さんやおじいちゃんの悲しみを乗り越え、お母さんを気遣うNちゃんの健気な姿から、大人の私の方がたくさんのパワーをもらったのでした。
(ファンファン福岡公式ライター/ダイワ エノ)