明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
小学2年生の秋、学校からの帰りにいつもと違う道を選んだ。
初めて見る風景に「どこか知らない遠くの町」に紛れ込んだような感覚が楽しかった。
狭い路地を抜けると目の前に花畑が広がり、モンシロチョウが乱舞していた。
家に帰りこの話をすると、祖母が「私のお母さんが話してくれた蝶のお話を思い出したよ。聞くかい?」と言う。
もちろん! とランドセルを放り出して祖母の前に座った。
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明治初期…祖母の母がまだ六、七歳の頃、村に若い男前の鋳掛屋(金物を修理する人)の銀さんがやって来た。
「こっちの鍋の穴を塞いで!」「その後はうちの窯を見てくれ」と大人気。
火を起こしふいごで風を送り金属を溶かす…その修理の様子が面白くて、村の子どもらはずっとついて回った。
「あっ、ちょうちょう!」
午前中の仕事を終え、神社の境内で昼食をとっている銀さんの肩に真っ白な蝶がとまっているのに祖母の母が気付いた。
「ほんとだほんとだ」「はなれないね」
皆が口々に言うのを聞いた銀さんは優しく笑うと
「おいら、蝶に好かれてるみたいなんだ」
「なぜなぜ? どうして?」
「うん。ひとつ話してあげようかな。でもその前に一服」と取り出した煙管をくわえた。
気持ち良さそうに煙を吐き出すと話し始めた。
「おいらたち鋳掛屋は町から町、村から村へいつも旅してるだろ。山ん中を一人で歩いてるといろんな不思議に遇う。その中でも特に不思議だったのがこの話なんだ。5年前の冬、時間は昼過ぎ…ここから、そうさな十里(約40km)くらい北の山を歩いていた。雪がちらつき少し寒かったけど、仕事も終えていたのでのんびり山を越そうとしていたら木々の間を白い蝶がひらひらと飛んでいる」
「冬なのに?」
「うん。おいらも『こんな時期に蝶が?』と不思議に思うて近寄ってみた。すると蝶は逃げるでもなく少し前をまるで道案内するように飛んで行く。どこに連れて行くのか気になってずっとついて行った。かなり登ったところで脇道に入った。草ぼうぼうに茂った中をさらについて行くと、岩肌に突き当たった。『行き止まりか』と思っていると岩肌に沿って蝶はさらに飛んで行き、姿が見えなくなった」
「それでそれで?」
「蝶が消えたところまで来ると屈めば入れるくらいの小さな洞窟があった。入ってみると、そこには…」
「そこには?」「なにがあったの?」「早く早く!」
子どもらの声にも慌てず、銀さんは煙管をくわえると一服。
煙を吐き出すと話を続けた。
「さて、中に入ってしばらくすると目が慣れてきた。そこで見えたのは…地面に横たわる…女?。よく見ようと火打石を打ったその時、目の前をひらひらと白い蝶が飛び去った。思わずそれを追って洞窟を出たけど蝶はいない。やれやれと洞窟に戻ってみると女は白骨に変わっていたんだ」
「こわいこわい!」「それでどうしたの?」
「そのままにもしとかれんので、もう一遍山を下ってお寺さんに行ってかくかくしかじかと話した。その後、邏卒さん(警察官)を連れてあの洞窟に行き、お骨を村まで持って降りた。調べてみると江戸時代の半ばに村の娘が神隠しに遇ったという記録があったため、その娘さんだろうということになった。翌日供養をするというので、その晩は寺に泊まったんだが…不思議なことがあった」
「どんなどんな?」
「夕餉をいただき部屋に戻ると浴衣姿の色の白い娘さんが座っていてな。『はて、あなたはどちらさまで?』と聞くと、すっと立ち上がり深々と頭を下げると部屋を出て行った。すぐに後を追ったが影も形もなかった。そして翌日無事供養を済ませ寺を出た。村を抜ける頃、白い蝶がついてきておるのに気が付いた。山に登り、野を越え、川を渡っても離れん。日が暮れたんで隣町の宿に泊まったんだけどやはり部屋の中を舞っている。不思議だったけれども悪い事はしないだろうとそのままにしておいた。そしたら…」
「そしたら?」「どうなったの?」
「夢を見たんだ。あの寺で見た娘が『よくぞ見つけてくださいました。お礼にこれからは私が貴方をお守りいたします』と笑う。話しかけようとしたら目が覚めた」
「きっとその娘さんがちょうちょうになってまもってくれてるんだ!」
「こんな小さな蝶に何ができるかは分からないけれど、あれ以来風邪ひとつひかず擦り傷ひとつないのは本当に守ってくれているのかもしれないな。おかげで旅も寂しくないよ」
語り終えた銀さんはにっこり笑った。
子どもたちに紙風船を配り、また次の目的地に向かって歩いて行く銀さんに真っ白い蝶がひらひらとついて行くのが見えた。
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「娘さん、じょうぶつしなかったのかな?」
「蝶は生まれ変わりを意味する生き物とも言うけど…鋳掛屋さんに恩返しがしたかったんだろうね。それと…」
「それと?」
「男前の銀さんに惚れたのかもね」
「なるほど!」
祖母はくすくす笑った。
チョコ太郎より
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