明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
小学1年生の冬、母とけんかした。
理由はもう忘れたが、きっと些細なことだったと思う。
そのときは頭にきていたのでわざとおもちゃを引き散らかすとそのまま友達のケン坊の家に行った。
一緒に面子やお絵描きをしたが、いつものようには楽しくない。
「ちらかしたまま出てきちゃった…母さんあれ見たらおこるかな、それともかなしむかな…」
夕方になるにつれ心配な気持ちがどんどん膨らんできた。
街灯に灯が入る頃、家に戻りそろそろと玄関の戸を開け靴を脱ぐと足音を忍ばせて廊下を進んだ。
恐る恐るおもちゃを散らかした座敷をのぞくと、何事もなかったかのようにきれいに片付いている。
不思議に思いながら見ていると、ポンポンと肩をたたかれた。
祖母だった。
「おもちゃでしょ? お母さんに内緒で私が片付けておいたよ」
「おばあちゃん、ありがと!」
一気に緊張が解けた。
「片付けるってのは大切な事。それは物に限ったことじゃないよ」
祖母はそう言うと、自分の祖母から聞いたという話を語り始めた。
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祖母の祖母が結婚したばかりの頃、近所の鍛冶屋のとわという娘が急な病気で亡くなった。
家は裕福だったので、立派な葬儀を上げ手厚く供養した。
初七日が過ぎた頃、鍛冶屋で妙なことが起こり始めた。
家の中のものが知らぬうちに場所を変えていたり、誰もいないのに着物のすれる音や廊下を歩く音がする。
最初は気のせいだろうと言っていた主人だったが、ついに商売道具の槌が宙に浮くまでになり、寺の住職に助けを求めた。
「娘さん…とわさんが迷うとる。このままでは成仏できぬ」
住職は入口を潜るなりそう言った。
「ど、どうすれば?」
「とわさんが心残りに思っていることがあるはず。それに魂が縛られておる」
「ではそれが何か分かって叶えてやれば成仏できますか?」
「それしかなかろうな」
そう言うと住職は帰って行った。
翌日、早いうちから家捜しが始まった。
娘の部屋はもちろん蔵や屋根裏まで捜したが何もない。
捜しつくした主人がもしや…と仏壇を動かすとその裏から紐で括られた手紙の束が出てきた。
「これだ! これに違いない!」と紐を解こうとした瞬間、手紙の束は跳ね上がり部屋の中の物もくるくると宙を舞った。
家人は恐れ戦(おのの)き、主人は呆然。
そのとき、戸口から声がした。
「とわさん、心配なさいますな。万事私にお任せください」
大きな荷を担ぎ錫杖をついた若い巫女がそこにいた。
後には住職が控えている。
「その手紙は燃しましょう。さあこちらへ」
巫女は竈に火を入れると空中に向かって言った。
その声に応じるように手紙はするすると降りてきて竈の中に入った。
それが燃えつきてしまうと今度は主人に言う。
「とわさんの扇はありませんか?」
それに応え、主人は娘の部屋から扇を持って来た。
巫女は扇を受け取ると要をはずし、それを持って外へ出た。
一同も続く。
巫女はなにやら呪文を唱え終えると、ばらばらになった扇を屋根に投げ上げた。
皆で中に戻ると部屋の中に誰かが座っている。
とわだった。
巫女に頭を下げ、父母に向かって微笑むとすうっと消えていった。
「無事成仏できました。お寂しいでしょうが、とわさんは良いところへ行けましたから喜んであげてくださいね」
「は、はい。ありがとうございました。あのう…貴女さまは?」
「この方は拙僧の古い知り合いでの。たまたま寺に寄られたので今回の件を話したら、手伝うと言うてくれてな。いや助かった」
「今回の肝は女心でした。秘密にしておきたいことを残してしまったのが気がかりなのに、それを暴くのは逆効果。それで『願もどし』を行ったのです」
「『願もどし』とは?」
「かけていた願を解き、無かったことにする呪法です。強い想いに逆に縛られた魂を解くための」
そう言うと引き止める住職や鍛冶屋一同を残し、巫女は去って行った。
それからは鍛冶屋で不思議なことが起こることはなかった。
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「人の想いもきちんと片付けることが大事」
「うん! 母さんにあやまってくるよ」
祖母は大きくうなずいた。
台所にいた母に「ごめんなさい」と言うと、にっこり笑って頭をなでてくれた。
その日の夕ご飯は大好きな母の手作りハンバーグだった。
チョコ太郎より
いつもお読みいただき、ありがとうございます。2年間(正編と合わせると4年間)お届けしてきた「續・祖母が語った不思議な話」も最終話を残すのみとなりました。これまで読まれた感想をぜひお聞かせください。一言でもOKです!下記フォームにお願いします。