人が覚えている最も幼い時の記憶は大体3~4歳が平均と言われているそうです。私にも3歳半頃に経験した出来事の記憶があり、今でも鮮明に思い出すことができます。未だそれ以上に衝撃的な出来事は起こっていません。わずか3歳半で一体何が起こったか、紹介したいと思います。
気になるあのボタン
小さいころの私は、今思い出しても好奇心旺盛で本当に落ち着きがありませんでした。気になるものがあればすぐそちらのほうに行ってしまっていたため、迷子になるのは日常茶飯事。よく母に怒られていた記憶があります。
そんな私が3歳半頃の話です。母とよく行くショッピングモールにエスカレーターがあり、それに乗るのが好きでした。母にお願いして意味もなく上り下りしていた覚えがあります。
ある日のこと。エスカレーターの降り口の下側に赤いボタンがあるのを見つけた私。母に
「あの赤いボタン何?」と聞くと、母は
「あれは勝手に触ったらあかんやつやで」としか言わず。
しかし子ども目線だといつも目に入り、気になってしまうのです。私はエスカレーターに乗るたびあの赤いボタンが気になって仕方がありませんでした。
我慢できずついに…
何回聞いても
「あれは触ったらあかんやつ!」としか教えてくれないボタン。よく見たくてボタンの前で立ち止まろうとすると
「乗ってる人の邪魔になるでしょ!」とまた怒られる始末。
別の日、またそのショッピングセンターに行きました。母がお店で服を見ていたのでとても暇だった私。勝手にお店を出て、気になるエスカレーターのボタンを一人で見に行ってしまいました。
平日の田舎のショッピングモールは閑散としており、たまたまエスカレーターに誰も人が乗っていないタイミングがありました。当時の私は「誰の邪魔にもならないし、今しかない!」と思ったのでしょう。とうとうボタンを押してしまったのです。
その瞬間大きな警報音が鳴り響きました。行きかう人達も驚いて立ち止まりこちらを見ています。そして警備服を着たおじさんが3人ほどこちらに向かって走ってきました。
なにを話しかけられたかは記憶に残っていないのですが、おそらく
「お嬢ちゃんが押したの?」などと聞かれたのだと思います。私は「とても大変なことをしてしまった…」と思いましたが、びっくりしすぎて涙も声も出ず。しばらくして騒ぎの渦中にいる私に気づいた母が大慌てで飛んできて、平謝りをしていたところで私の記憶は終わっています。
子どもにきちんと教える大切さを実感
私が大人になってから、その後どうなったか母に聞いたことがありました。エスカレーターには誰も乗っていなかったので、幸い何事もなかったようです。
「注意で済んで良かったけど、あの時は本当に焦ったわ。今はもう笑い話やけど」と言う母。それを聞いて私も
「いや~あの時はごめんよ」なんて笑いながら話していたのですが、現在私自身も2人の娘の母となりました。当時母はどんな気持ちだったかを考えると、本当に自分は馬鹿なことをしたと申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
子どもを叱るときは、きちんと理由を話さないと子どもはどうして怒られたかが理解できない、と育児書によく書いています。まさにその通りで、当時の私はエスカレーターのボタンをどうして押してはいけないのかを理解していませんでした。子どもには
「ダメ!」だけではなく、きちんと理由も話した上でやってはいけないことを教える必要があるのだなと、自らの記憶から痛感しています。
この出来事は衝撃的すぎて、いまだにそれを上回る出来事には遭遇していません。母にたくさんの迷惑をかけてきた私。少しでも恩返しができるように頑張っていきたいです。
(ファンファン福岡公式ライター/Misaki)