初めて人の死を目にした9歳息子、自ら筆を執った祖父への手紙

 2020年4月末のことです。実家の父から「祖父が病気で、約1カ月の余命宣告を受けた」と連絡がありました。病気知らずの祖父だっただけに、私は驚きと悲しみで言葉が出ませんでした。そして、祖父に宛てた息子の手紙に涙が止まらなくなりました。

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病床の祖父と息子の、ほほ笑ましい光景

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 私の祖父は農業を営み、若い頃は乗馬もしていました。94歳になっても体を動かすことが日課で、背筋はピンと伸びていて、元気に自転車を乗り回すほどでした。そんな祖父が余命1カ月だなんて、にわかに信じられませんでした。  祖父の家は、私の自宅から車で片道1時間ほどの田舎町にあります。新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が解除された5月中旬、私は9歳の息子と6歳の娘とを連れて、祖父に会いに行きました。  私は車の中で「ひいおじいちゃん、病気だからね。騒がず、顔だけ見せてあげてね」と2人に言いました。すると「何の病気? 風邪?」と息子。そろそろ人の死を理解できる年齢なので、真実を言うべきか悩みながらも「しんどい病気だよ、なかなか治らないの」とだけ伝えました。すると、息子は何となく察したようです。  祖父の家に到着し、様子を見に行くと、いつもの和室で昼寝をしている祖父の姿が見えました。「ゴーゴー」と大きないびきも聞こえたので、私は少しホッとしました。「祖父が起きたら、少し顔を見せてから帰ろう」と思いながら、遊びたがる娘に連れられ、家の外へ出ようとした時でした。  「キャハハ!」と息子の大きな笑い声が響いてきました。祖父が寝ている部屋の方向からです。駆け寄ってみると、いつの間にか祖父と息子が指相撲をしているではありませんか。  私が「ひいおじいちゃんは、しんどいんだからやめなさい」と注意しても、息子はなかなかやめません。祖父が無理して付き合っているのではと思い、顔を見ると、とても楽しそうな表情をしています。  体はきついはずなのに、それでもひ孫と遊べることがうれしいのでしょう。あまりにも幸せそうな顔だったので、私はそのまま、2人の指相撲を見守ることにしました。

人の死を完全には理解できない息子の素直な思い

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 それから約1カ月半後の6月下旬。祖父は生まれ育った故郷で、静かに息を引き取りました。  祖父の家で冷たくなった祖父の姿を見た息子は、初めて人の死を目の当たりにして驚いたのか、体が硬直していました。娘は恐怖の方が勝ったようで、近づくこともできません。  私は「明日がお葬式だから、最後のお別れだよ」と子どもたちに伝え、一旦自宅へ戻りました。  帰宅すると、息子は真っ先にペンと紙を取り出し、手紙を書き始めました。何を書いているかのぞこうとすると、息子は「まだ見ちゃダメ! 明日、ひいおじいちゃんに渡すから!」と言います。どうやら祖父のために手紙を書いているようでした。  葬儀当日。祖父の枕元に、大事そうに手紙を添える息子の姿がありました。そして、私にこう言いいました。  「お母さん、本当にひいおじいちゃんともう会えないの?」  私は言葉に詰まり、なかなか返事ができませんでした。人の死を理解できそうで、まだ完全にはできないのだと感じました。  「もう、会えないのよ」と涙ながらに言うと、息子は黙り込んでしまいました。つい最近まで、祖父と一緒に指相撲をして遊んでいたのです。現実を受け入れられなくて当然だと思いました。  「ひいおじいちゃんにどんな手紙を書いたの?」と手紙の内容を尋ねると、息子は笑顔で答えました。  「あのね、また指相撲やろうって書いたんだよ。またできるよね?」  私はあふれる涙をこらえながら、「そうだね。いつかできるよ」と言いました。純粋で素直なひ孫の手紙を、天国にいる祖父もきっと喜んでいるはずです。 (ファンファン福岡公式ライター/伊藤優香)

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