22歳の春、社会人初日に出会ったバスの運転手さんの話です。辞令式に向かう途中、あまりの緊張から頭が真っ白になった私を救ってくれた運転手さん… 春が近づくと、つい思い出してしまうエピソードです。
社会人初日! 緊張しながら向かう辞令式
私は大学在学中に採用試験に合格し、春から夢だった保育士として働くことが決まりました。4月1日には辞令式に参加するよう連絡がきました。辞令式が開催される場所は、行き慣れない大きな福祉会館でした。
数日前から、福祉会館までのバスのルートや時間を調べ、持ち物を確認して準備万端… のはずでした。いつも初めての場所には緊張しすぎる私。辞令式の数日前からとてもドキドキしていて、うっかりカバンの中のある部分について確認し忘れていたのです。
辞令式当日はいつもより早起きして、体調も気合いも十分でした。ピカピカのスーツが気恥ずかしく、家からバス停までは早歩き。バスも予定時刻ピッタリに到着して、とても順調でした。
目的地に到着して気付いた私の失態
バスは比較的空いていたため、入り口付近のイスに座りました。頭の中では辞令式の後、配属先の保育園で行う挨拶を繰り返し練習…。夢中になりすぎて「あれ? どのバス停で降りるの?」「このバス本当に福祉会館に行くよね?」と、不安で胸がいっぱいになりました。
気が付いたときには目的地を知らせるアナウンスが鳴り、慌ててバスを降りようとしました。
そうです、ここまで私は財布に小銭がないことに気が付かなかったのです。運転手さんの横で財布を開く私。私の目に映ったのは数枚の1円玉と5円玉。当時はICカードも持っておらず、思考回路が完全に停止しました。
財布のなかには1万円札が1枚。同じバス停で降りようとしていた2、3人の乗客に先を譲り、後ろへ並び直しました。そして、緊張と不安と焦りで震える手をカバンに入れ、小銭がないか確認します。… しかし、あるわけないんです。カバンの中はしっかりチェックして出てきましたから。そしてまた私の順番になってしまいました。
バスの運転手さんの言葉に涙
「あの… 小銭なくて… 1万円の両替って…」自分が思っているよりも小さな声だったと思います。バスの出発が遅れて迷惑をかけていると思うと、車中を振り返る勇気もありません。
私の申し出を聞いた運転手さんは、少し微笑みながら
「今日はもういいから行ってください」と声をかけてくれました。パニックになっていたのでどういう意味か理解できず戸惑っていると、今度は笑いながら言ってくれました。
「今日から社会人でしょ? 就職おめでとう。お金は今度でいいからもう君は行って! 頑張ってね」と。私のピカピカのスーツを見てかけてくれたお祝いの言葉と、少し小声で伝えてくれた配慮にうっかり涙が出ました。
バスを待たせていると思うと慌ててしまい
「あ! ありがとうございます…」と急ぎ足でバスを降りました。運転手さんは軽く左手を挙げて、会釈をしながら発進。小銭がなかったことはとても恥ずかしかったのですが、運転手さんの一言で笑みがこぼれました。いつの間にか緊張は解け、辞令式に向かう足取りは軽くなりました。
優しいバスの運転手さんのおかげで、無事に社会人初日を終えた私。後日、お金を返却しようと同じ時間にバスに乗りましたが、運転手さんは別の人でした。「あの運転手さんご本人にお礼を言いたかったな…」と、春になると思い出してしまう出来事です。
(ファンファン福岡公式ライター/山本a)