祖母が語った不思議な話・その捌拾伍(85)「落ちる」

 私が小さい頃、明治生まれの祖母がちょっと怖くて不思議な話をたくさん聞かせてくれました。少しずつアップしていきます。

イラスト:チョコ太郎

 小学2年生のとき、死にかけたことがある。

 春も終わりの日曜日、自転車で10分くらいのところにある貯水池に出かけた。
 昭和初期に建造された石造りの貯水池は、規模も大きく意匠も凝りに凝ったものだった。
 家族とは以前から何度も訪れていたが、常々一人で“探険”する機会を狙っていたのだ。
 池の周りの桜も散ってしまっていて、貯水池に人影はなかった。
 階段を登り、木々の間を抜けると中世ヨーロッパの古城を思わせる石造りの監視室が姿を現した。
 入口には鍵がかかっていたので外をひと回りしてから、貯水池の奥へ歩を進めた。

 晴天が続いていたためか、掘割状のクリークに水は流れていなかった。
 しばらく進み石橋を渡ると巨大なダムの上部に出た。
 上のダム湖に水を貯め、必要に応じて30mくらい下の湖へ流す仕組みだった。
 見るとダム湖の水もかなり減っており、中央部以外にはひび割れした地面が顔を出していたので降りてみた。
 ダム壁に沿って歩いて行くと直径1mくらいの穴が空いている。

 「おもしろそう…入ってみようかな?」
 それが間違いだった。

 腹這いになって入ってみると、中はゆるく下った円筒状のトンネルになっており遥か下に湖が見えた。
 「下のダム湖へ水抜きする調整用の穴なんだ」
 納得したので来た方へと戻ろうと方向転換したその時、足が滑った。

 ずるずる…ずるずる
 足を踏ん張り必死に手を突っ張ったが、トンネルに生えた苔のおかげで止まらない。
 縁まであとわずか…下まで30m…落ちたら命がない! 
 助けを呼ぶ余裕もべそをかく暇もなかった。

 ずっ…
 「落ちる!」

 そう思った瞬間、下の出口から突風が吹いた。
 その風に背中を押し上げられたおかげで落下を免れることができた。
 それからジリジリと登っていき、五分くらいで死地を脱した。

 穴から出ると外はもう夕暮れになっていた。
 遠くからかすかに女の子の歌声が聞こえた。

 全身、苔と泥と血でドロドロで帰宅。驚いた母に何があったのかと聞かれたが
 「友達と川で遊んでいて汚れた」とごまかした。

 とりあえず風呂で体を洗い着替えて出ると、汚れたTシャツを手にした祖母がこう尋ねた。
 「今日、変な事がなかったかい?」
 「…なんで分かるの?」
 祖母はそれに答えず、Tシャツの背中を見せた。
 そこにはいくつもの子どもの手形が付いていた。

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