祖母が語った不思議な話・その玖拾弐(92)「3号館」

私が小さい頃、明治生まれの祖母がちょっと怖くて不思議な話をたくさん聞かせてくれました。少しずつアップしていきます。

「先輩、出るんですか?」
大学2年生の4月、部室のドアをくぐると先に来ていた新入部員のHとAが口を揃えてこう言った。

「えっ、何が?」
「あれですよ。このS大学の3号館男子トイレの鏡!」
「あぁあれか…出るって有名だったね」
「どんな話なんですか?」
「数年前に3号館の階段から脚を踏み外して命を落とした生徒がいてね、それから階段近くの男子トイレの鏡を深夜0時過ぎに見るとその姿が映るっていうもっぱらの噂だよ。でも夜は施錠されるから見に行った人はいないと思うよ。それに第一あのトイレは…」
他の部員が姿を見せたので、話はそこまでになった。

そしてGWを迎えた。

「出ませんでした!」

休み明け早々、HとAが報告に来た。
GW中に噂を確かめるために部室に隠れて夜を待ったらしい。
守衛さんにバレないようにミニライト一つで3号館にあるトイレを全て見て回ったとのことだった。

「噂の鏡、何にも映らなかったですよ」
「えっ? それは変だな…二人とも見たの?」
「ええ。暗かったですが見ました。自分たち以外は何も映りませんでした。変…といえば、サンダルを履いた足音や水の流れる音はあちこちのトイレから聞こえました」
「はい。僕も聞きました。守衛さんかなと思ったんですが、そんなにあちこちで聞こえるはずはないし…」
「いや、音よりなにより…う〜ん、実際に見た方が早いな」
後輩二人を連れて件の階段近くのトイレに向かった。

「中に入って見てごらん」
トイレのドアを開け進むよう促した。

しばらく中を見回していた二人が同時に声を上げた。
「か、鏡がない!?」
呆然とする二人を引っ張り部室に戻った。

「あのトイレの鏡は今年の3月に既に撤去されていたんだよ。だから君たちが見たはずがないんだ。変だなって言ったのはそういうことさ」
HとAの顔色がみるみる青くなった。

…………………………………………

「幽霊が鏡に映るなんてこと、あると思う?」
夏休みに帰省したときこの出来事を伝え、祖母に聞いてみた。
「3号館の他のトイレには鏡があるのに、そこだけ大学が取り外したんだよね。それ自体が答なんじゃないかな」
祖母がそう言った瞬間、激しい夕立が降り始めた。

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