私が小さい頃、明治生まれの祖母がちょっと怖くて不思議な話をたくさん聞かせてくれました。少しずつアップしていきます。
私は幼い頃、「餅撒き(もちまき)」がとても楽しみだった。
家を建てるとき、棟上げをした日に棟木(屋根の一番高い所を支える横木)の上から、家主や大工さんが餅やお金、縁起物を撒いてお祝いする儀式で、見物人はそれを拾って福を分けてもらうというおめでたいものだった。
その日も祖母と二人で近所の棟上げに行き、たくさん餅やお金を拾った。
ほくほくしながら帰る道々、祖母はこんな話をしてくれた。
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ある日、隣村での仕事を済ませた祖母の父が家路をたどっていた。
すっかり陽も落ち山道は暗く、提灯だけが頼りだった。
峠を越えた頃には細い月が中空に昇った。
急ぎ足で進んでいると前方にほんのり灯がともっている。
「なんだろう?」と近づくとこんな夜中に棟上げをやっている。
明らかに尋常ではない。
「あんたもこっちに来て祝ってくれ。酒もあるぞ」
足早に通り過ぎようとした時、赤ら顔の男に声をかけられた。
怪しいとは思ったが飲んべえだった父はふらふらと引き寄せられた。
そこでは十数人がたき火を囲み酒盛りをしていたので、それに加わった。
綺麗な女の人が次から次へとお酌をしてくれるので、すっかり良い気持ちになりどんどん杯を重ねた。
「さあ、やろうか!」
赤ら顔の男の合図で餅撒きが始まった。
紅白の餅やお金、張り子のだるまや光る玉などが雨あられと降ってきた。
ふところ一杯になるまで夢中で拾ったが、あんまり張り切ったからか酒が回り、倒れるように眠ってしまった。
翌朝目を覚ますと、あたりには誰もいない。
棟上げをした新しい家もたき火の後も何一つ残っていなかった。
ふところの中にいっぱいあったはずの縁起物や餅も無くなっていた。
そこにはただ、しめ縄を張った大きな樫の木だけが立っていた。
キツネにつままれたような気分で村に帰った父は皆にこの事を話したが
「どうせ隣村で朝まで飲んでたんだろう」と信じてはもらえなかった。
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「他の人は笑ってたけど、私は信じたよ。お父さんは山の神様の宴に参加したんじゃないかな。ふところの中の福は無くなっていたけど、それから風邪ひとつひかずに長生きしたからね」
祖母がそう語り終えた時、ちょうど家に着いた。