明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」、多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
祖母が七歳の冬、猟師のHさんが高級酒を手土産に父を訪ねて来た。
久々の訪問だったので、杯を交わしながら話し込んだ。
その間祖母はHさんのつれて来た猟犬・ブチと遊んでいた。
ブチはその頃まだ珍しかった洋犬のポインターでHさんの自慢だった。
「なんか変わったことはないか?」
「おう、あったとも。それを話しに来たんじゃ…と、その前にもうちょっと呑むか」
「さすが狩猟家は酒量もすごいのお! よしよし」
命じられて燗酒(かんざけ)を運んできた祖母はそのまま父の横に座り、話を聞くことにした。
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晩秋の早朝、Hさんが獲物を求めていつもの猟場を進んで行くとブチが姿勢を低くし身構えた。
見るとかなり先で藪が動く。
大きな猪だ!
風下に回り静かに間合いを詰めていると、突然ブチが走り出した。
その音に気付いた猪は逃げ出し、Hさんも追いかけたがとても追いつかなかった。
しばらく待っていたがブチは帰ってこない。
悪い時には悪いことが重なるもので、雨まで降り出した。
気にはなったが今はしかたがないと、Hさんはいつも使っている山小屋に避難することにした。
中には先客がいた。
この辺では見かけたことがない顔色の悪い痩せた男が座っていた。
「あんたも雨に降り込められたんか?」と聞いたが返事はない。
「まあええわ。わしゃちょっと寝るで」横になったHさんは疲れていたこともあり、すぐに眠りこんでしまった。
カサカサ…カサカサ
「?」
一刻(約二時間)ほどして妙な音で目が覚めた。
小屋の周りを誰かがゆっくり回っているような気配がする。
立ち上がり戸口に向かおうとしたとき、痩せた男が叫んだ。
「入れるな!」
突然の声に驚いたが、それでも外が気になったHさんが戸に手をかけた刹那、男が絶叫しながらつかみかかってきた。
「入れるな死人じゃ、死んだ女じゃ! 殺したのにずっとついて来るんじゃ!」
驚きながらも力に勝るHさんは男を突き倒すと持ち歩いている縄で後ろ手に縛り、そのまま山を下りて村の警察に連行した。
男は妻を殺して隣県から逃亡、手配されていたとのことだった。
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「それで金一封とこの酒をいただいたのよ」とHさんは自慢顔。
「珍しい体験じゃったのう…ときに、小屋の外の気配はなんだったんかの?」
「うん。男を連れて外に出るとな、こいつがしょんぼり座っとったんじゃ」とブチを指差した。
「なんじゃブチか」
と二人は大笑いした。
「ただな、一つ妙な事があったんじゃ」
「どんな?」
「警察で男を引き渡して帰ろうとしたら、女の笑い声が聞こえたのよ。その場におった全員が顔を見合わせていたから聞き間違いじゃないぞ」
すっかり酒が覚めてしまった父を残し、Hさんはブチと一緒に帰って行った。
チョコ太郎より
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