子どもの頃、大みそかは必ず祖父母の家に、親戚一同が集まる習慣がありました。大きな和室に長テーブルが並べられ、それぞれ持ち寄った豪華な食事を頂きながら楽しく過ごす日。でも、私には悲しい思い出として残っています。その理由とは。
大みそかがやってきた!
私が10歳のときの出来事です。大みそかの集まりは、子どもながらに美味しい食事が食べられることや、お小遣いが貰えるので楽しみにしていました。
久しぶりに会う従兄姉と遊べるのも楽しみのひとつで、特に3歳年上の従姉に遊んでもらうことが大好きでした。その従姉は私の好きなキャラクターの本を持ってきてくれるなど、同性なこともあり仲が良かったのです。
大人の男性は飲んだくれて盛り上がり、女性は足りない食事を裏で作ったり、日頃の話をするのが恒例で、子ども達は片隅で遊びます。
子どもは小学生から高校生まで7人いて、男の子も女の子も混ざって、折り紙したり塗り絵をしたり、ゲームをしたり。
母や祖母も家事がひと段落すると、子ども達が遊んでいるそばにきて、普段の様子を聞いたりすることもありました。
お気に入りの孫をひいきする祖母
祖母は昔から頭の良い子をひいきすることがあり、なかでも従弟のTくんは、成績が良く、優秀な男の子で祖母のお気に入りでした。
「Tくんは、この前の通知表どうだった? 」 とか
「 すごいね! 頑張っているね! 」 などとわざとらしく褒めて、そばで聞いている私はいつも嫌な思いをしていた記憶があります。
そんなやりとりが続き、私は遊びに飽きたのでテレビを見ようとしました。歌番組が見たくてチャンネルを合わせると、Tくんが
「アニメが見たい! 」 と後から言ってきました。
「 えー! 私が先だよ! 」と言うと、祖母が怒った顔で後ろから
「Tくんに好きなやつ見せてやって! 」 と言うではありませんか。
私はしょぼんとして、何も言えず、しかたなく見たい番組を諦めて譲りました。
このような事は一度だけでなくいつもなので、私はその度に悲しい思いをしていたのです。
気持ちを酌んでくれた母
祖母は
「Tくんが見たいやつを見ればいいんだよ!」 と頭を撫でてニコニコ笑っています。
私は子どもながらに泣きそうな思いをしていましたが、我慢するべきだと思っていました。私の母もすぐそばに居合わせているのでこの事実は知っています、しかし何も言いませんでした。
でも帰り道、母はとても私に優しかったことを覚えています。
「 今度は○○(私)の好きなところへ遊びに行こうね! 」 と言ってくれ、慰めてくれました。
母の優しい言葉が本当に嬉しかったです。
子どもが傷つく言葉に気を付けて
頭がいい従弟のTくんは全てが優秀でした。字もきれい、絵も上手… 祖母にとっても自慢の孫だったと思います。
それに引き換え、私は平凡。特に褒められることもなく、得意なこともありませんでした。でも私の気持ちとしては、褒めてもいいけどTくん本人の前だけにして欲しかったです。
大人になった今でもこうして鮮明に覚えているのですから、よっぽど傷ついた出来事だったんだと思います。昔は男の子が生まれるだけで、ひいきされることもありました。
祖母は男の子ばかり可愛がりましたが、祖父は
「 ○○ちゃん(私)元気だったか? 」 などとても優しかったのが救いです。祖母も悪い人ではありませんでしたが、楽しみにしていた恒例の行事で、祖母の態度だけが嫌でしょうがなかったのです。
子どもは何でもよく分かっていますし、大人の話もよく聞いています。たくさんの親戚が集まる場では、子どもが傷つくような言葉に気を付けたいものです。
(ファンファン福岡公式ライター / まむ★やちみ)