私が大学時代に付き合っていた彼氏は、動物や昆虫をこよなく愛する人でした。私も幼い頃から鳥や猫を飼っていたので、そんな心優しい彼に惹かれるのにさほど時間はかかりませんでした。ただ、彼の生き物に対する優しさは私の想像の範囲を遙かに超えていて…。
ちょっと風変わりだけど優しい彼
彼はとても優しく生き物が大好きな人でした。愛猫は昔、道端で怪我をして動けなくなっていたところを彼に保護され、獣医さんによって命を救われた子です。
ある日、滅多に遅刻をしない彼がデートの時間に遅れてきました。
「駐車場で怪我をした鳥を見つけたから動物病院に寄っていたんだ」と言われた時は、彼らしいなと思いました。
可愛い小鳥を保護する彼の姿を想像してほっこりしていたのですが… 意外にもその鳥というのがカラスだったのです。カラスというと、大きな声でカアカア鳴いたり、ゴミを漁ったりする、どちらかというと「怖い鳥」「迷惑な鳥」といったイメージがあったので、ちょっとびっくりしました。
「カラスは野鳥にあたるから、個人が飼育することは法律で禁止されているんだけど、そうじゃなかったら飼いたいなぁ」という彼。
「なんか怖くない?」と私が言うと、
「カラスの目って見たことある? 丸くて可愛い目をしているんだよ」と、どこ吹く風の彼は、ちょっと変わってるけど本当に動物が好きなんだなぁと実感しました。と同時に、カラスの個人飼育が禁止されていて良かった~! と思ったものです。
インコが飛び交うリビング
飼い猫を見せてもらうために初めて彼の家を訪れた時のこと。彼はひとり暮らしではなく、両親と一緒にマンションに住んでいました。
「おじゃましまーす」と、少々緊張しながら彼に続いて玄関のドアをくぐった時です。
バサバサバサ… バサバサバサ…
「いらっしゃ~い」と迎えてくれたお母さんの頭上、そして奥に見えるキッチンやリビングで、10羽くらいいるであろうインコが飛び交っていたのです。なんで家の中を鳥が… と圧倒されている私に、
「ああ、運動の時間だから」と、さらりとおっしゃるお母さん。なかなかの強者だと思いました。
「猫は今、僕の部屋にいるから」そう言って案内された彼の部屋は、お世辞にも綺麗とは言いがたく、灰皿から溢れんばかりの煙草の山、マンガ雑誌の山、脱ぎ捨てられた衣類の山で埋め尽くされており、どこに座ったらいいか迷うくらいでした。
ただ、「マル」と名付けられた彼の猫は、愛嬌があってとても可愛く、私はすぐにメロメロに。しばらく猫と戯れていると、お母さんが部屋に飲み物を運んで来てくれました。
「汚い部屋で驚いたでしょう。整理整頓には無頓着な子でね」と、言いながら亀のいる水槽の上にジュースの入ったグラスを置くお母さん。
「ありがとうございます」グラスを取ろうと、右足を一歩踏み出したときです。
グシャ。 私の足の裏に、べちゃっと柔らかい感触が伝わりました。
「あ~!!!」彼と、彼のお母さんが目を見開いて同時に叫びます。恐る恐る足の裏を見ると、何かの幼虫のようなものが靴下にくっついているではありませんか。
「何、コレ?!」
「蝶の幼虫だよ」
「!!!」
彼は私に対して怒りはしませんでしたが、幼虫が死んでしまって悲しそうな顔をしていたので、私は罪悪感と足の裏に残る嫌な感触で複雑な気分でした。
カオスすぎる彼の部屋
彼の部屋をよく見渡してみると、枕の下、雑誌の間、壁の隙間など、至る所にカブトムシやらクワガタなどの昆虫がいることが分かりました。飼育ケースは一応あるのですが、「狭くて窮屈なのは可哀想だから」と自由にさせているのだそうです。
そこはもう、人が生活するための部屋というよりは、虫や動物のための部屋でした。彼が怒ったところは見たことがないし、優しい人なのは間違いないと思うのですが、虫や動物たちのためにも部屋を整理整頓して、清潔にしてほしいと思いました。
この部屋だけが理由で別れたわけではありませんが、他にも自分が思う「普通」からかけ離れていると思うことが増え、一緒にはいられないと感じるように…。
あれから20年余り。今は別々の人生を歩んでいる私たちですが、虫の幼虫を見る度に彼を思い出します。今はどんな部屋に住んでいるのかなぁ…
(ファンファン福岡公式ライター/あそうママ)