明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」、多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
祖母は膝の調子が悪いとき、よく縁側でやいと(お灸)を据えた。
煙を出しながら少しずつ燃えて行く艾(もぐさ)を見ながら聞いてみた。
「熱くないの?」
「艾は燃える温度が低いから大丈夫、逆に気持ちいいよ。あんまりたくさんだと熱いけれどね」
「ふ〜ん」
「やいとと言えば、私のお母さんからこんな話を聞いたねぇ」
線香で次の艾に火をつけながら祖母は語り始めた。
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祖母の母が5、6歳の頃、村で見たことのない薬売りが大きな葛篭(つづら)を背負ってやって来た。
「ヤケドヨクキクヒサルコウ」という旗を持ち、子どもたちに紙風船を渡し、家々に引札(チラシ)を巻きながら村を練り歩いた。
村中の人がついて行くと神社の境内に入り、葛篭を開け塗り薬と松明を取り出した。
「さてさてこちらに取り出しましたるは、どんな火傷(やけど)もたちまち治し傷跡もきれいに消す火申膏(ひさるこう)だよ! 火申、火が去る火申膏! 百聞は一見にしかず。この腕を松明でちょいと炙ると見ての通り大火傷! …だが心配ご無用。火申膏をちょいと塗りひと拭きすれば…はい元通り!」
立て板に水の口上に皆は聞き入り、先を争って薬を買った。
火申膏を売り切った薬売りは隣村に向かって旅立って行った。
その夜、村は大変な騒ぎになった。
家々から金目の物が消えたのだ。
ある家のほこりの積もった床に足跡が残っていたので、誰かが盗みに入ったのは明らかだった。
「あの薬売りが怪しい!」
「怪しいのう…じゃが薬売りが村を出てから半日。今から追いかけても追いつかんぞ」
皆が頭をかかえていると村一番の年寄りT婆が
「儂(わし)に考えがあるで、皆は近隣の村へ探しに行ってくれ」と言う。
駄目で元々と村人は手分けして東西南北へと散って行った。
「海の方はおらなんだ」
「山の方も駄目じゃった」
「西の村にも来とらん」
皆が諦めかけたそのとき、東に向かった村人があの薬売りと見知らぬ女を縄で括って帰って来た。
「東の村に入って聞きまわっとったら宿の二階から苦しそうな声が聞こえてな。上がって行くとこの女が足を抱えて苦悶しちょってそばにこの薬売りがおったのよ。早う逃げようとしとったんじゃが急に女が痛がり始めて仕方なく宿に泊まったんじゃと」
葛篭には盗まれた品々が詰まっていた。
「戻って良かったのう…しかしT婆、なにをしたんじゃ?」
「昔からの言い伝えに従って足跡に艾をたんまり据えたんじゃよ。見事に効いたのう」とT婆は胸を張った。
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「薬売りが人を集めて、その隙に女が忍び込んでいたんだよ」
「でも火申膏ってすごくない?」
「それもまやかし。火傷も作り物で、それを拭き取っただけ」
「そうだったんだ…足跡にやいとって本当に効き目があったのかな?」
「さあ、どうだかね。罰が当たったのかもね」
「罰?」
「薬売りが人を集めたのは薬師神社だったのさ。薬師如来さんが悪人にお灸を据えたんじゃないかな」
そう言うと祖母は新しい艾に火をつけた。
チョコ太郎より
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