明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズ。今回は夏の終わりに必ず思い出すお話です。
小学三年生になるくらいまでは、まだ防空壕があちこちに残っていた。
最初はそれと知らずに友達と中に入り、「秘密基地みたいだね」と言いながら遊んでいた。
ある日、一人で壕の奥を掘っていると何か白いものが出てきた。
何だろう? 石? …あ、骨!
にわかに気味が悪くなり、壕から飛び出すと家まで後も見ずに走って帰った。
その晩、昼間のことが気になってなかなか眠れなかった。
ごそごそ寝返りをうっていると、隣りで寝ていた祖母も目を覚ました。
なにか気になることがあるのかと聞かれたので、骨を見つけた話をした。
「あそこは防空壕、戦時中に空襲から避難した場所の跡だよ。まだ残っていたんだね」
「あの骨は死んだ人の?」
「いや、たぶん壕に住み着いた犬か猫のだと思うよ。そうだ、眠れないのなら一つお話をしてあげようか? 防空壕の不思議な話」
「うん、聞かせて!」
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一九四四年の夏の終わり。
真夜中に空襲警報が発令され、祖母は息子二人を連れ防空壕に避難した。
着いたときには町内の皆はほぼ壕の中に避難していた。
皆しばらくじっと息をころしていたが何も起こらない。
そうするうちに安心したのか、ぼそぼそとあちこちで話し始めた。
薄暗い壕の中を見回すと一箇所に人が集まっている。
その中心には背の高い四十がらみの女性がいた。
占いがよく当たると評判の高いEさんだった。
「ウチの人が帰ってくるまで、私は生き延びられる?」
「子どもは疎開させた方がええんかのう?」
そんな質問にうなずきながら、Eさんは一人ずつ占っていった。
その占い方は心臓と手首と首筋の三箇所の血脈(鼓動)を同時に押さえ、運勢を読み取るというものだった。
Eさんは三人の女性たちの血脈を観たが、なぜか黙ったままだった。
「どんな結果が出たのかい?」
「なぜ話してくれんの?」
そう声をかけたとき、Eさんは心臓を押さえてその場に倒れ込んだ。
その顔は苦悶に歪み、「外へ出して!」と繰り返している。
奥にいた男連中もこれは大ごとと、Eさんを防空壕の外に運び出した。
「み、水を…水を!」とEさんが懇願するので、一番近い井戸まで連れて行くことにした。
壕の中にいた全員がその後に続いた。
井戸に着き水を飲ませようとしたその時、頭上を複数の爆撃機が焼夷弾をバラまきながら飛んで行った。
皆、その場で身を低くしじっとしていたが、しばらくすると空襲は止んだ。
「おおい、大変じゃ! 皆死ぬとこじゃったぞ!」
あちこちに火の手が上がっている中、様子を探りに出ていた年配の男性Uさんが戻るなり皆に言った。
いったいどういう事かと口々に聞いたが「見た方が早い」と先に立って歩き出した。
Uさんが向かった先はさっきまで避難していた防空壕だったが様子がまるで違っていた。
入口は崩れた土で埋まり、周囲の木々は丸焼けになっていたのだ。
「あのまま中にいたら全員蒸し焼きに…」
この壕の惨状を見た祖母は思わず呟いた。
「あんたの具合が悪うなったおかげで皆命拾いしたぞ。良うなったか?」とUさんは尋ねたが、Eさんは何事もなかったように微笑んでいる。
「ありゃな…芝居じゃ」
「芝居?」
「皆を一刻も早く防空壕の外に出さにゃいかんかったけん。ま、許しておくれ」
「なぜここが危ないと分かったんじゃ?」
「三人占ったが血脈が皆同じ乱れ方しておってな。これはおかしいと観てみたら自分も同じ。人によって違うはずの血脈が同じように乱れているということは…同じ運命が待っているっちゅうことじゃと気づいてな。それでひと芝居うったのよ」
「なるほどなぁ。いやあんたはここにおる皆の命の親じゃ! ありがとう」
その声に合わせ、皆Eさんに向かって頭を垂れた。
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「その後も戦争が終わるまでEさんの占いは何度も的中してね。おかげで幾人も命が助かったんだよ」
「すごいね」
「戦時中の命がかかっているときは研ぎすまされていたんだろうね」
「みんな大変だったんだね…防空壕に入るのもう止めるよ。友達にもそう言うよ」
「そうだね。いろんな思いが籠っているし、崩れてきたりすると大変だからそれがいいよ」
そんな祖母の声を聞きながら眠りに落ちていった。
チョコ太郎より
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