明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
「しまった!」
ランドセルを開けて気がついた。宿題のプリントを教室に忘れてきた!
「取りに行くしかないかぁ…」
時間は夜の9時を回っている。
正直、一人で学校まで取りに行くのはちょっと怖かったが、四年生になっていたので親について来てもらうのも格好悪い。
ため息を一つつくと、ごそごそ着替えランドセルを背負い懐中電灯を持ちそろそろと家を出た。
2月の夜空に月はなく、真っ暗な道をただただ急いだ。
十分後、学校に到着。
正門をくぐり中庭の入口にある用務員室を訪ね事情を話した。
ついて来てくれるかなという淡い期待は見事に裏切られ、無愛想な五十がらみの用務員さんは校舎入口の鍵を開けると戻って行った。
教室は3階、戦後すぐに建てられた中庭を囲むコの字形の校舎は漆黒の闇に包まれている。
一瞬このまま帰ろうかとも思ったが、鞄に着けていた祖母から貰ったお守りを一回握り、そのまま一歩を踏み出した。
ぎしぎしと音を立てる古い廊下を進む。
ホルマリン漬けの大きな蛸(たこ)や山羊の胎児が並ぶ理科室を通り過ぎ、泣きながら這う子どもの霊が出ると噂の実験室を抜け、昇りと下りで段数が違うと友人から聞かされた階段で3階を目指す。
今と違ってこの頃の懐中電灯の光は弱く、照らされている所以外の闇はよけいに暗く感じる。
何も考えないように考えないようにと心で唱えながら進むが、こんな時に限って話題の悪魔憑きの映画や友人皆が震え上がった「カシマさん」など恐ろしい話が次から次へと頭に浮かんでくる。
「…帰りもここを一人で通るのか…」
ついて来てくれなかった用務員さんを恨んだ。とんだ逆恨みだ。
そしてなんとか教室にたどり着いた。
早鐘のような鼓動を抑えながら戸を開けた。
何もいない。良かった。
急ぎ自分の席に行き、机の中からプリントをひったくるとランドセルに入れた。
後も見ずに廊下に出ると、向かいの校舎の同じ階に青い光が見えた。
渡り廊下の方へ廊下を移動している。
なんだ、用務員さんやっぱり心配して来てくれたんだ…ホッとした。
ここで待っていよう。
そう思って中庭を見下ろした。
用務員さんが煙草を吸いながら立っている。
…じゃ、じゃあ今渡り廊下をこちらに向かって来ているあの光は?
「違う!」
考えるより早く走り出していた。
心臓が破れそうだったがそれどころではない。
中庭に出ると用務員さんに頭を下げながら走り抜け、走りに走って家に駆け込んだ。
ガチャガチャと玄関を開けるあいだも、あれが追いかけて来ているのではと気が気ではない。
あせっていたので鍵もなかなか開かない。
その時内側からドアが開いた。
心配顔の祖母が立っていた。
「学校は結界…檻みたいなものだから、ついて来はしないから大丈夫」
一部始終を聞き終わった祖母が言った。
「それ聞いて安心したよ。さあ宿題やらなきゃ…………ああああああ〜! ち、違う!!」
慌てていたので宿題ではなく、別のプリントを持ち帰っていたのだ。
「あらあら、どうする? 取りに行くかい?」
そんな度胸はもう残っていなかった。
しょんぼりと首を横に振った。
翌日、もちろん先生から大目玉を食った。
あれから数十年…その校舎も今では鉄筋に建て変わってしまっている。
チョコ太郎より
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