明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
小学校に上がった夏、テレビで“狼に育てられた姉妹”の小特集を見た。
幼稚園の頃、熱心に見ていた「狼少年ケン」とも相まって狼に興味を持った。
「おばあちゃん、日本にはおおかみはいないの?」
「昔、ニホンオオカミという種類がいたんだけど、絶滅したって言われているね。ニホンオオカミは山犬って呼ばれることもあったんだよ」
「そうかぁ…おおかみの話ってなにか知ってる?」
「私のおばあさんから聞いた話があるよ。聞くかい?」
「うん!」
………………………………………………
祖母のおばあさんのそのまたおばあさんが子どもの頃…江戸時代半ば。
若い猟師・義三郎が狩りの帰りにいつもの山道を歩いていた。
これといった収穫もなく肩を落として歩いていると、近くの草むらでカサカサと何かが動いた。
見ると瀕死の雌の山犬が横たわっていて、その周りには何者かに喰いころされた子どもたちの骸がいくつも転がっていた。
そして母親が必死に噛み切ったであろう何かの指が三本。
頭をなでようとした義三郎の手をぺろりと舐めると母親の命の火も消えた。
「酷いことを…」
義三郎が手を合わせた瞬間、ぴくりと母親が動いた。
なんと体の下から子どもが一匹這い出してきたのだ。
「母親が命懸けで守ったんじゃな。儂(わし)と一緒に行くか?」
「キュウキュウ」
「よしよし」
山犬の子を懐に入れると山を下っていった。
義三郎の家で飼っている犬がちょうどひと月前に子どもを産んでいたので、母犬の乳を飲む五匹の子犬の中に山犬の子を入れるとくうくうと飲み始めた。
母犬は自分の子どもと同じように山犬の子の頭を舐めている。
安心した義三郎はその子にハヤテという名を付けた。
それから五年の月日が経った頃、村で飼っている動物たちが何者かに襲われ始めた。
最初は鶏、次は猫や犬、ついには子馬までもがやられた。
困った村人たちは義三郎に正体の分からない襲撃者の退治を頼んだ。
一も二もなく引き受けた。
さっそく山に向かおうと準備を始めたが奇妙なことが起こった。
いつもは逸(はや)る犬たちが何かに怯えている。
いくら命じても隅に固まって動かない。
ほとほと困っているとハヤテが近づいてきた。
ハヤテは他の子犬と同じく立派に育っていたがやはり山犬、野生が強くなかなか言うことを聞かないのでこれまで猟には連れて行ってはいなかった。
「ほう! お前行ってくれるか?」
ハヤテはそれに答えるように義三郎の顔を見つめると先に立って歩き出した。
仕掛けをして数刻、それはやって来た。
優に六尺(約1.8m)はある真っ黒な影が笹薮をかき分けて現れたのだ。
「こいつに違いない!」と餌に食いつく影の胸を狙ってに猟銃の引き金を引いた。
「?」
確かに当たったはずなのに影は倒れない。
続けて射ったがやはり効果がない。
焦る義三郎に向かって影が突っ込んで来た!
そのとき草むらに身を隠していたハヤテが飛び出し、影に食らいついた。
大暴れに暴れる影は鋭い爪でハヤテの体を掻きむしる。
義三郎は仕留めようと狙うが、なかなかその隙がない。
影の痛烈な一撃にハヤテが吹っ飛ばされた。
義三郎は次の弾を放ったが影は近づいて来る。
「もうだめか!」
そう思った時、影に向かって何者かが四方から襲いかかった。
ハヤテと兄妹のように育った犬たちだ!
「お前たち来てくれたのか! ハヤテ、やるぞ!」
その声に応えハヤテは動きのとれない影ののど笛にかぶりついた。
義三郎はしっかりと影の顔を見た。
年を経た狒々(ひひ)が驚愕の表情を浮かべている。
その目を見ながら引き金を引いた。
眉間の穴から血を噴き出しながらゆっくりと狒々は倒れた。
「こんな化物がおったとは…体全体に松脂(まつやに)を塗って砂や石を鎧のように纏っておったのか。銃が効かんはずじゃ。ん? 右手の指が三本ないぞ。そうかハヤテ、こいつはお前の母親・兄妹の仇じゃ!」
「分かっていた」とでも言うようにひと声吠えると、義三郎や犬たちに頭を下げハヤテは山の中へと消えて行った。
「やはり山に帰るか。たまには顔を見せてくれよなぁ〜」
義三郎は犬たちと山を下りた。
それから数年後、餌をもらっていた犬たちが食べるのを止め一斉に表に向かって吠え出した。
義三郎が振り向くと、そこにハヤテともう一匹山犬が…そして五匹の子どもたちが立っていた。
「嫁さんを見つけたか! 子どもまで! 良かったなハヤテ」
それを聞くと満足したのか山犬たちは去って行った。
………………………………………………
「山犬…おおかみはかしこいね。ハヤテのしそんが今もいきていたらよかったのになぁ…」
「山犬、オオカミは神聖視もされていたんだよ。あちこちで見たという話も聞くから、まだいるかもね」
「うん。きっといるよ!」
祖母もうんうんとうなずいた。
チョコ太郎より
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