私が小さい頃、明治生まれの祖母がちょっと怖くて不思議な話をたくさん聞かせてくれました。少しずつアップしていきます。
祖母は普段からよく着物を着ていた。
小学2年生の春先、縁側に寝転びながら祖母が着物を手入れしているのを見ていて
「大切にしているね!」と声をかけると
「気にいった着物は自分の一部みたいな感じがしてね。そうだ、私のお父さんが話してくれた着物にまつわる話を聞くかい?」と言う。
もちろん! と祖母の前に座りなおした。
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「やっかいな物を買うてしもうた…」
祖母の父を訪ねて来た道具屋の陣内さんは、いきなりそうつぶやいた。
見ればひどく憔悴している。
「えらく痩せたなあ。どうしたんだ」
「ここんとこ寝てないんだ。話を聞いてくれるか?」
「おう、話してみろ」
こんなやり取りの後に陣内さんが語った内容はこうだった。
先月、隣村からやって来た馴染みの行商人から娘のために振袖を買った。
「新品ではないが、誰も袖を通していない」ということでとても綺麗だった。
娘は大層喜んですぐに着てみた。
すると突然形相が変わり、全く別人のように上手に踊り始め、いつまでもやめない。
あまりのことに母親と二人で押さえつけ急いで振袖を脱がすと、けろっといつもの娘に戻った。
その晩から家の中で見知らぬ若い女の姿を見るようになり、眠ろうと横になるとぱたぱたと足音が聞こえるようになった。
「あの振袖が原因に違いない」とは思ったものの、たたりが恐ろしくてそのままにしているとのことだった。
しばらく話しあったが二人では良い知恵も出ず、隣村の拝み屋さんに相談することにした。
数日後、白装束の拝み屋さんが見知らぬ男二人を連れて陣内さんの家を訪れた。
家に入るなり振袖をじっと眺め、そして娘を呼んだ。
「あんたの助けがいる。気味が悪いかもしれんが、これを着てくれんか」
心配する父母をよそに娘はコクリと頷き、袖を通した。
やはり前と同じように別人のようになり、踊り始めた。
拝み屋さんは止めようとする父母を制し、二人に合図をした。
二人は笛と太鼓を取り出し踊りに合わせるように奏で始めた。
小一時間ほど踊り続けた後、娘はにっこりと笑いその場に倒れ込んだ。
駆け寄ったJさんが抱え起こすと、いつもの娘に戻っていた。
「これで全て終わった。あんたのおかげだ」娘に向かってそう言うと、拝み屋さんは頭を下げた。
何が起きたのかと陣内さんが怪訝な顔で聞くと拝み屋さんは答えた。
「あの行商人を訪ねて聞いたんじゃ。この振袖はあの村の娘が舞台で踊るために作ったものだったんじゃが、急に体をこわしての。袖を通すこともなく亡くなったそうなんじゃ。さぞ無念だったろう。その気持ちがずっと着物に籠っていたんじゃな。今日、あんたの娘さんの体を借り、念願の振袖を着て踊ることができたんじゃ」
「この振袖はどうしたら…?」
「前の持ち主は満足したようじゃから変なことは起こらん。大切に着てやることじゃな」
そう言うと拝み屋さんは帰って行った。
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「娘さん、良いことしたね!」
「それ以来見違えるように踊りが上手になり、日本舞踊の師範になったよ」
そう言うと祖母は着物を大切そうに箪笥(たんす)にしまった。