私が小さい頃、明治生まれの祖母がちょっと怖くて不思議な話をたくさん聞かせてくれました。少しずつアップしていきます。
ぼんやりとした人影が遠くから迫って来る。
「つかまったら駄目だ」という強烈な恐れを感じながら走り続けると前方に白い壁が見えてきた。
近づくとそこには甲虫の幼虫のようにぶよぶよとした壁が立ちはだかっている。
嫌な気持ちがして触るどころではないが、背後を見ると人影がゆっくりと…だが確実に迫ってきている。
仕方がないので乗り越えようと近づいた時、壁の表面が蠢(うご)いて中から大きな顔が…
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夢はいつもここで終わる。
子どもの頃から高熱が出ると必ずこの夢を見る。
初めて見たのは幼稚園に通っていた頃だった。
数日間、40度を越える熱が出てほとんど意識がなかったが、ずっとこの夢を見ていたことは覚えている。
小学2年生の頃、牡蠣に当たり高熱が出た時にも同じ夢を見た。
熱が下がった時に寝返りを打つと枕の下に敷いてある紙に触れた。
引き出してみると象に似た動物と見たこともない文字が描かれている。
横を見ると祖母が座っている。
「熱が下がったみたいだね。心配したよ」
「これはおばあちゃんが入れてくれたの?」
「あんまりうなされているから獏の絵をね」
「獏?」
「悪夢を食べてくれる霊獣だよ」祖母はにっこり笑った。
中学に上がるまで、その紙を透明な下敷きに挟み大切に持っていた。
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社会人になり十年ほど経った頃、実家からの帰りに車を運転しながらラジオを聞いていた。
夏の深夜ということもあり、リスナーから寄せられた怖い話の特集だった。
パーソナリティーが次の投稿を読み始めた。
話の内容はこうだった。
投稿者に何年も音沙汰のなかった兄から電話がかかってきた。
久しぶりの挨拶もなくただ一方的にまくしたて、そして突然切れた。
話は全く意味不明だったが、「白い壁に触った」と繰り返していたのが頭に残った。
数日後、警察から連絡が入り兄が自動車事故で亡くなったのを知った。
「いやぁ不気味ですねぇ。白い壁って何なんでしょう?」パーソナリティーは気味悪そうに締めくくった。
背筋が凍った。
あの壁だ!
まるで自分の事故を予言されているような不安な気持ちになり、しばらくコンビニの駐車場に車を停めて考えたあげく方向を変え実家に戻った。
呼び鈴を押す前に扉が開き祖母が出てきた。
戻ったわけを告げると祖母は家に上がるように促し奥へ消えた。
しばらく座敷で待っているとおいなりさんと大きな梅干しを盆に載せて戻ってきた。
空腹ではなかったが勧められるままに食べていると、祖母が一枚の紙を取り出した。
「今日は家に泊まっていきなさい。それからこれ。これで最後だから大切にね」
獏の絵だった。