明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」、多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
先日、「2022年、寅年ももうすぐ終わりか…」とぼんやり考えていたら、祖母から聞いた話を思い出した。
あれは小学一年生の頃だったか…。
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第二次世界大戦まっただ中の一九四四年冬、村のDさんに召集令状が届いた。
出征までは五日、奥さんは間に合うようにと〝千人針〟を作り始めた。
千人針とは一枚の白い布に糸の結び目を千縫い付けるお守りで、一人ひと目だけしか作れずそれも女性に限るというものだった。
つまり千人の女性に手伝ってもらわなければ完成しない。
奥さんは朝早くから村を廻ったあと一番近い町の駅に行き、通る女性たちに声をかけ縫い目を作ってもらった。
皆快く手伝ってくれたが、なにしろ時間がない。
出征前日の夜遅くまで頑張り九百七十一まで完成したが、そこまでだった。
肩を落とした奥さんが雪に降られながら夜遅く村に帰って来ると、四つ辻に誰かが立っている。
夏に他所から嫁入りしてきたTさんだった。
「その顔じゃあ千そろわんかったんやね…なんとかするけん、私に預けり」
そう言うとTさんは千人針をひったくると家に入っていった。
この時間から縫っていない女性三十人を集めるのは無理だと思いながら、奥さんは送り出す準備があるので家に帰って行った。
翌朝早くにTさんが千人針を手にやって来た。
空白だったところに虎の顔が結び目で作ってある。縫い目も数えるとたしかに千あった。
「ありがとう! まるで魔法じゃね。どうやったん?」
奥さんがそう言うとTさんは恥ずかしそうに答えた。
「寅年の女は歳の数だけ縫い目を作ってええんじゃろ? 私ゃ二十七ち言うとったけんど、ほんとは寅年の三十歳なんよ。みんなには内緒にしちょってな」
二人は声を合わせて笑った。
Dさんはその日出征し、翌々年無事に帰って来た。
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「どうして寅年の女性は歳の数だけ縫ってもいいの?」話を聞き終わって祖母に尋ねた。
「虎は千里を行き、千里を帰るという言い伝えにあやかってのことだよ」
「ふ〜ん…じゃあTさんはなぜ歳をごまかしてたの?」
「う〜ん…女心はまだ分からないだろうね」
祖母はそう笑った。
チョコ太郎より
99話で一旦幕引きといたしました「祖母が語った不思議な話」が帰ってきました!この連載の感想や「こんな話が読みたい」といったご希望をお聞かせいただけるととても励みになりますので、ぜひ下記フォームにお寄せください。