明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
「おばあちゃん、かえるがいるよ!」
小学校に上がった春、学校に行こうと廊下に出るとアマガエルがいるのを見つけた。
指でつついても知らん顔で、すまして座っている。そこに祖母がやってきた。
「かえる動かないよ。どうしよう?」
「綺麗なアマガエルだね。庭に離しておやり」
「うん。お母さんにも見せようか?」
「悲鳴を上げるからやめておおき」
「そうだね」
そんなやり取りの後、かえるを池の端に運んだ。
「良いことをしたね。お小遣いあげようか?」
「おこづかいより、お話が聞きたいな」
「今は時間がないから、学校から帰ったら話してあげる」
「やった! 行ってきます」
授業が終わると友達の誘いも断り、家まで走って帰った。それを見た祖母は「あらあら」と笑いながら話し始めた。
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時代が江戸に入った頃、彦吉という腕の良い左官がいた。
大きな仕事を見事に仕上げ、それを皆で祝った帰り道。
季節は春、酒も入りいい心持ちで歩いていると道の先から声がした。
誰かが争っているようだ…鏝(こて)を握りしめながら近づくと一方の影は走り去り、そこには女が一人しゃがみ込んでいた。
「どうしなすった? こんな夜中にもめ事かい?」と声を掛けると
「どうしても今夜中に済まさなければならないことがあり家を出たのですが、突然奇っ怪な老婆が襲いかかってきたのです」と言いながら女は顔を上げた。
はたちくらいの妙に艶(なまめ)かしい女だった。
「そいつぁ剣呑。それで怪我は?」
「怪我はありませんが、またあの老婆が待ち受けているかと思うと恐ろしくて進めません。お願いです、ついてきてはいただけませんか?」
そう言うと彦吉の腕をつかんだ。
しっとりしたその手の感触を感じた刹那、左官はうっとりとなり体の自由を失った。
夢心地で川沿いの道を女の歩く通りに進んで行くと、町外れの打ち捨てられた廃屋に着いた。
「はいごくろうさん。ここがわたしの家さ。今夜中に済まさなきゃならないってのはね…お前さんを喰うことだよ」
そう言うと女は笑いながら近づいてきた。
体は動かず声も出ない!…もう駄目かと目をつむっていると奇妙な音が聞こえてきた。
祭り囃子?
そして女の悲鳴が聞こえた。
おそるおそる目を開けると信じられない光景が広がっていた。
巫女装束の老婆の音頭に合わせ、十人ばかりの法被(はっぴ)を着た小柄な男たちが女を取り囲み「わっしょいわっしょい」と囃しながら周囲を廻っている。
よく見ると、手に持った升から勢いよく何かを撒(ま)いている。
「と、溶ける! 溶ける! とける…ト…ケ………」
それをかけられる度に女の顔はどろどろと崩れてゆき、体もどんどん縮んでとうとう消えてしまった。
「これにて祓(はら)い終えじゃ。皆の衆ご苦労であった」老婆のひと声に男たちは三々五々消えて行った。
「あの女ぁ何です?」彦吉は残った老婆に思わず聞いた。
「甲羅を経た蛞蝓(なめくじ)の化けもんじゃよ。はなからお前さんを喰うつもりで待ち伏せしとったんじゃな」
「あの時争っていたのは…」
「儂(わし)じゃよ。もう少しで倒せるところだったんじゃがお前さんが来た、どうせ綺麗な女の味方をするじゃろ。それで鏝でやられんように逃げたんじゃ」
「かっちけない! おかげで命を拾いやした」
「なに、ほんの恩返しじゃ」
「恩返し?」
「お前さんは覚えとらんかもしれんが、昔暑い暑い夏に干涸びて死にそうになっとった儂を助けてくれた恩は忘れんぞ」
「さっぱり覚えがねえが…あの男たちは?」
「みな儂の息子よ。撒いておったのは清めの塩じゃ。さてお前さんもそろそろ行った方が良さそうじゃの。妖(あやかし)の毒気に当てられとるから二三日大事にしていろ」
老婆に頭を下げると彦吉は家に向かって歩き始めた。
後ろで「ぽちゃん」と水音がした。
その音を聞いて彦吉は昔、死にかけた蛙を川に戻してやったことがあったのを思い出した。
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「私は生き物や長く使われた道具には人間と同じように感情があるんじゃないかと思うよ」
「おばあちゃんのお話を聞いていると、そんな気がする」
「そう思ってくれたのなら話した甲斐があったよ」
「うちのかえるもおんがえしするかな?」
庭の池で「ぽちゃん」と水音がした。
チョコ太郎より
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