明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
大学三年生の盆、帰省するついでに地元の友人3人と隣りのY県に遊びに行くことにした。
海沿いの宿にするか、山中の温泉宿にするか意見が割れたが、海月(くらげ)も出ているだろうということで山に決まった。
歴史があり何度もTVドラマの撮影にも使われている割に料金の安いKホテルに電話を入れた。
盆ということもあったからか、すんなり部屋がとれた。
「向こうから車が来たらアウトだな」
誰もがそう思うような山道を抜け、川沿いにしばらく走るとホテルが見えた。
大きく風格あるホテルだったが新館とロビーの半分は改装中で、実質使えるのは本館だけだった。
近所にはコンビニも土産物屋も無く、本当に温泉に入る以外する事がない。
とりあえずチェックインし、通された広い4人部屋に荷物を置くと露天風呂に向かった。
シャッターの閉じたスナックや廃屋が軒を連ねる川沿いの道を下ること5分、思ったより大きくそして古い露天風呂に着いた。
渓流を眺めながらの温泉は格別で、疲れが溶けて行く。
近況を尋ねあっているうちに蜩(ひぐらし)が鳴き始めた。
「もうすぐ夕食の時間じゃない?そろそろ戻ろうか」と言う田村君の声に皆湯船から上がった。
「時計とか忘れそうだよね。気をつけよう」
金田君の声の先を見ると脱衣所の端に駕籠があり、「忘れ物」と書かれた札がついている。
上にかかっている古いタオルをめくると歯ブラシや眼鏡といったいかにも忘れそうな物の中に、不可解な物が紛れていた。
「◯◯真紀子1972.4.28」と書かれた20cmくらいの汚れた木札。
何だこれは…すごく禍々しいものを感じた。
食事会場に行くともう料理は並んでいた。
テーブルに着いている泊まり客は6組。
川魚や山菜を中心とした素朴な料理だったがどれも手間をかけて作られていて、さすが老舗と感動しているとビールがきた。
「乾杯!」と言った瞬間、隣りのテーブルで食事をしていた3人もグラスを上げ「乾杯!」と声をそろえた。
食事を終え部屋で少し休むという3人を残し、露天風呂に出かけた。
隣りのグループの1人が既に湯船につかっていた。
名前は青木君。
挨拶をし二三言葉を交わすと年格好が同じこともありすぐに打ち解けた。
「しかしここは何もないね」
「夜は温泉に入るほかないよね。昔は歓楽街もあり賑やかだったんだけど…」
「ああ川沿いのとこ。今は真っ暗で、ちょっと不気味な感じがするね」
「あはは、ちょうどお盆だしね。泊まっている客も少ないし。あ、そうだ! 怪談会やろうか?」
「面白そうだね。やろうやろう! 僕たちの部屋が広いからそこに集合でどうかな。3階の『扶桑』という部屋」
「了解! お菓子や飲み物持って行くよ」
それから30分後、青木君たち3人がやって来て怪談会が始まった。
盛り上げるため蝋燭を…とも思ったが、火事でも起こしたら大変なのであきらめた。
部屋の明かりを落とし、フットライトのみにしただけでもかなり良い雰囲気。
お互い聞いたことがない話ばかりで、とても盛り上がった。
合流した3人は皆Y県出身だったため地元の話が多く、特にリアルに感じた。
「この山は低いのに昔から遭難が多く、不思議なことに遭難者が出る前には必ず…」
露天風呂で一緒になった青木の話が佳境に入ったとき異変が起こった。
ブーン ブーン ブーン ブーン
低く唸るような機会音が聞こえる。
電気を点けどこから聞こえるのか皆で探すが出所が分からない。
外からに違いないと廊下に出ると全く音は聞こえない。
部屋に戻った瞬間、合流組の1人が倒れた。
口々に名前を呼んだり大丈夫かと声をかけていると、今度は田村君が突然嘔吐した。
これではどうにもならないとフロントに連絡、二人を救急用の部屋に運び朝までそこで過ごした。
翌朝二人はケロっとした顔で朝ご飯をおかわりするほど回復していた。
チェックアウトし、青木君とは「やれやれ、とんだ怪談会だったね」と苦笑いしながら別れた。
それから4カ月くらい経った頃、TVで「季節外れのコワい話」といった番組が放映された。
ご飯を食べながら見ていると、サスペンス劇場常連のベテラン俳優の話に釘付けになった。
「…Y県でロケに使ったホテルに泊まったとき妙なことがあってね。夜、ボクの部屋で打ち合わせしていたら、どこからかブーンブーンという音がして、それを聞いたスタッフ3人がバタバタ倒れて救急車で搬送されたんだよ。それを見届けて部屋に戻り、着替えていると電話が鳴ったんだ。病院からだろうと出てみるとかすれた声でブツブツ言ってる。『マキコ…マキコ…』って。もちろんすぐに切ったさ。冷や汗で全身びっしょり。あんまり気味が悪いから部屋を変えてもらったよ。それからは『扶桑』って名前の部屋には絶対に泊まらないようにしているんだ」
…間違いない。例のホテル、例の部屋だ。
そのとき電話が鳴った。
出るのに躊躇(ためら)っていたが止む気配がない。
意を決して受話器をとった。
「変わったことはないかい?」
祖母だった。
心底ホッとした。
チョコ太郎より
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