明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
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祖母の母が嫁いだばかりの夏、若い女の旅人が訪ねて来た。
長い旅を続けてきたであろうと思われるあちこちほころびた身なりだったが、髪や爪などとても清潔にしていた。
少しやつれてはいたがその顔立ちは優しく、そして美しかった。
開口一番、「このあたりに子どもの幽霊が出るという場所はありませんか?」と聞く。
母はあっけにとられたが、そのあまりに真剣な面持ちに「これは訳ありだ」と感じ、旅人に待っているように告げ、近所中尋ねて回った。
四軒目のおかみさんから、村はずれに子どもの幽霊が出るため人が居着かない空き家があることを聞く事ができた。
「ありがとうございます」旅人は頭を下げた。
「あっ、お茶とお菓子をどうぞ」
「いただきます」
「いったいどうして子どもの…幽霊なんかが出る場所を?」
「はい。三年前に流行り病で夫を亡くし故郷に帰ろうと旅をしていた途中、宿から五つになる娘がいなくなってしまいました。屯所(警察署)にも届け、散々探しまわりましたが見つかりません。それからも行く先々、思いつく所すべて尋ね歩きましたが見つかりません。それでも諦めきれず探す旅を続けていたある時、宿で一緒になった娘さんが突然神懸かりになりこう告げたのです。『娘はもうこの世のものではない。だが魂魄(こんぱく)は迷うておる。お主と再び出逢うまで成仏は叶わぬ』」
「それから子どもさんの…幽霊…を探して旅を?」
「はい。きっと娘は私を待っていますから」
そういうとお茶とお菓子のお礼を言い、旅人は出発した。
それから二日後、再び旅人が訪ねて来た。
「せっかく教えていただきましたが、娘ではありませんでした。けれどももうあの家にいた子は成仏しました。どなたが住まわれても大丈夫ですよ」
そう言うと寂しそうな笑みを残して去って行った。
それから十数年経った頃、義理の祖父が亡くなったので初盆法要をお寺さんにお願いした。
法要の前に施餓鬼会(せがきえ)も行われていたので、母はそちらにも参列した。
読経が行われているとき、住職の横にあの女旅人が座っているのに気が付いた。
不思議なことにまるで年をとっておらず、十数年前に見た時と同じ姿だった。
若い僧侶たちのお経が流れる中、住職と旅人は立ち上がり経蔵(お経などを納める蔵)へと入って行った。
気になったが初盆法要の準備ができたと告げられたので、後ろ髪を引かれながらその場を立ち去った。
初盆法要を終え家に戻り休息していると、夫と仲の良い杣人が訪ねて来た。
仏壇に線香を上げると、夫と母に話しかけてきた。
「ここに来る途中で不思議なことがあったぞ。旅姿をした可愛いらしい女の子とその母親に行き遭うたんじゃ。二人とも幸せそうな笑顔で手を握りおうとった。細い道だったんで二人を先に行かせたんじゃが頭を下げて通り過ぎた後、『ありがとうございます』と声がしたので『なんのなんの』と振り返ったら誰もおらんかったんじゃ! 狐か? 天狗か?」
(あの母娘だ。出逢えたんだね)思わず母は涙をこぼした。
翌日、母はお寺の住職を訪ねた。
「あの母親はだいぶ昔、訪ねて来たことがあってな。そのときに『子どもの幽霊を知らんか』と聞かれたんじゃ。そして今回の施餓鬼会の前日にまた訪ねて来て昔と同じことを聞くんじゃ。ひと目でこの世の者ではないと分かった。よほどの心残りがあるんじゃろうと思うたので、数年前に持ち込まれた女の子の声で泣く石のことを話し、それを見せるから施餓鬼会に来いと告げたんじゃ。当日、女に夜泣き石を見せるとそれを優しく撫でながら話しかけとった。それが終わると満足したように微笑み、すうっと消えてしもうた。石もその夜から泣かんようになって一石二鳥…いや一石二霊、良い功徳になった」
そう話すと住職は手を合わせた。
母も思わず手を合わせた。
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「女の旅人さんは幽霊になっても娘を探していたんだね」
「旅の行く先々で寂しい子どもたちの魂を慈しみ成仏させながらね」
「母親ってすごいね!」
「あなたもお母さんにも感謝しなきゃね」
「するする!」
本当かしらと、祖母は笑った。
小学五年生のお盆に聞いた話である。
チョコ太郎より
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追伸:以前のお話の中に出てくる人をアルファベットのイニシャルで表記していましたが、雰囲気と合わせるため、徐々に人名(実名・仮名ともに有り)に置き換えています。ご了承ください。