今回は、福岡住みの旅好き経営者アブローダーさんが、個人が今から考えるべきお金の話をまとめます。特に、サラリーマン時代に感じていた資産運用の考えとフリーランスとして独立したからこそ見えた資産に関する考え方を比較しながら紹介します。
どうやら最近、「お金」の話が世間で流行っている様子です。本屋には「儲かる投資の本」が所狭しと平積みされています。またウェブニュースでも「年商数十億円の起業家の話」を見かけることも増えました。 ちょっと前まで「アフターコロナ」や「ポストパンデミック」の話題が多かったですが、今や「お金」に関する話題がビジネス界隈で流行っています。今回は個人が今から考えるべきお金の話をまとめます。特に、サラリーマン時代に感じていた資産運用の考えとフリーランスとして独立したからこそ見えた資産に関する考え方を比較しながら紹介します。
生活するお金は絶対に必要
生活をするためにはお金が必要です。特にコロナの影響をうけて「お金は必要だ」「もっと働かないと」と感じた人も多いはずです。最低限の生活をしようと思えば、少なくともお金が必要です。 普通の生活をするにしても、だいたい月に10万円から20万円程度の生活費がかかります。僕がサラリーマン時代は土日休みでしたが、お金を使う時間がほとんどありませんでした。平日は夜まで仕事、休日は資格試験の勉強や接待ゴルフなど、完全に休みな日はなかったほど時間に追われていました。その頃の生活費は覚えていないですが、仕事に関する出費が多かったです。 フリーランスとなって独立してからは生活費を考えながらミニマムな生活をしています。「福岡で月8万円のミニマル生活をしながら、やりたいことにお金と時間を投資する話」の記事で紹介したように、僕自身、最低でも月8万円の生活費が必要だと考えています。
また以前書いた記事「福岡と田舎の島暮らしW拠点を始めた3つの理由」でも紹介したように、田舎でほとんどお金がかからない「脱お金生活」を実践していました。
ただ、脱お金生活をすればするほど、逆にお金を意識するようになっていました。スーパーで買い物をしている時でも無意識により安い食材を選んだり、仕事道具が壊れても自分で修理して使ったりとお金を倹約するようになっていました。もちろん節約はできますが、健康にいい食材を選んでいなかったり、仕事の生産性が落ちたりとパフォーマンスが落ちていることに気づきました。 海に潜って魚をとって自給自足する生活もいいですが、生活費を月0円で生活するよりも10万円程度は必要だと感じました。
お金がなる木という儲け話
「何かいい方法はないか」とお金に関する本を読み漁っていました。「資産運用の話はどれも胡散臭い」と思っているためか、どうも信頼できる本は見つかりません。 どうやら最近、巷では「マネーマシン」や「金のなる木」という話があるようです。要は「資産運用をしてお金を増やしたり、儲かるビジネスを探してお金がなるような木を作ろう」という話です。「お金でお金を増やす」という何ともいかがわしい話ですが、世の中にはそんな話もあるわけです。 しかし、結局この手の話をよくよく調べてみると、再現性がないことがほとんどでした。残念ながら、上手い話にはカラクリが隠されているように感じてなりません。「その人にはできた」としても、自分が再現できるかは別問題です。これならサラリーマンとしてコツコツ数十年間働き続けた方がお金は貯まります。
120年間 市場は右肩上がりだった
そんな時に出会ったのが、ジェイエル・コリンズさんの著書「父が娘に伝える自由に生きるための30の投資の教え」(https://amzn.to/3nc4rrX)という本です。 この本は「父が娘に伝える教え」として資産運用の考え方が描かれています。そのなかでも特に注目すべきは「市場の歴史」です。これまでの1900年からの約120年間、「アメリカ市場はずっと右肩上がりだった」という事実です。 筆者はアメリカ市場を示す指標として「ダウ・ジョーンズ工業株価指数」の1900年から2012年のデータを使って紹介しています。ジェイエル・コリンズさんいわく、歴史を見ると「市場は必ず回復」し、「市場は常に上昇する」というのです。たしかにデータを見るとアメリカの市場は右肩上がりでした。 ただ、みなさんもご存知のように、2001年の同時多発テロや2008年のリーマンショックなどの影響で市場が暴動している時期もあります。その点について筆者は「市場の暴落は想定の範囲内」だと述べています。つまり、市場は暴落もするが、必ず回復して、常に上昇しているというのです。 僕がこの本から受け取ったメッセージは、「市場は常に右肩上がりだからこそ、金融市場に投資をしよう」ということでした。100年の歴史を見るとこの話は「マネーマシン」をつくれるように感じます。
未来は誰にもわからない
たしかに歴史の120年を見ると、右肩上がりに成長しているように見えます。ただ、この右肩上がりが「この先の未来も続くのか?」と問われば答えは変わってきます。 理由は簡単で、未来のことは誰にもわからないからです。右肩上がりに成長するかもしれませんし、右肩下りになるかもしれません。そもそも、アメリカが破綻する可能性もゼロではありませんし、世界の資本主義そのものが崩壊するかもしれません。 100年の歴史を見て、もっと広く2000年の歴史を読み込んで見るのも良さそうです。何よりも最後は自己責任で判断しながら、自分の「仮説」を立証する実験のようなモノです。未来がわからないからこそ、資産運用は分散が鉄則だといわれているわけです。 そんなことを悶々と考えていた矢先、次に出会った全く別ジャンルの本に、その答えのヒントが隠されていました。
2000年の歴史から見ると右肩下がり?
山口周さんの著書「ビジネスの未来――エコノミーにヒューマニティを取り戻す」(https://amzn.to/2P1gDyS)には、ずっと右肩上がりの経済成長を疑問視する話があります。本書で『「無限の成長」という考えは「非科学的なファンタジー」でしかない』といわれているように、世界経済は常に上昇し続けるわけではないとも考えられます。 また仮に『世界経済の成長率がこの先2%の「低調なペース」で推移したとしても、世界経済の規模は一〇〇年後には現在の7倍に、三〇〇年後には370倍に、一〇〇〇年後には3億9,000万倍になっていなければなりません。もはや意味がわかりません。』と述べられています。要するに「世界は今後もずっと成長し続ける」というイメージそのものが間違っている可能性があるというわけです。 さらにトマ・ピケティさんの著書「21世紀の資本」(https://amzn.to/3mYTWYA)で紹介されている「古代から2100年までの世界GDP成長率の変化」を見ると、古代から2000年までの間、ずっと上昇してきた経済成長は、現在、下降傾向になっているというのです。もちろん、経済成長と金融市場は異なるものの相関していると考えられます。 つまり、ジェイエル・コリンズさんの著書「父が娘に伝える自由に生きるための30の投資の教え」にもあった、これまで当たり前だった「市場の成長」は終わりがあるという見方ができます。少なくとも、金融市場の100年間の歴史を見ると「右肩上がり」だったのが、経済成長の2000年の歴史を見ると「右肩下り」になっているとも言えるわけです。
サラリーマンの給与も右肩下がり?
僕が会社員の頃「我慢すればいつかは給与が上がる」と思い込んでいました。上司から理不尽なことを言われても、辛辣な暴言を吐かれても我慢できれば、将来、年収は上がると思っていたからです。 ただ、これは会社が右肩上がりにずっと成長する前提の話です。今後の長い将来を考えると、経済成長も会社の業績も会社員の固定給も「絶対」右肩上がりの成長を続けられるという保証はありません。我慢し続けて働いたからといって給料は年齢とともに上がらないとも考えられます。
まだまだ年功序列や終身雇用が当たり前の会社が多く残っています。こうした会社では、給料を上げるためには勤務年数が必要です。ただし、経済が縮小すれば別です。リーマンショックしかり、世界的なパンデミックしかり、先が見えない世の中になってきました。混沌とした世界になればなるほど、むしろ個人の「給与は上がらない」と考え行動する必要があります。
今の自分にできる行動を起こす
「市場は右肩下がりになる」「経済成長も鈍化する」「給与も下がる」可能性があることを考えると会社員として一生働くことに虚しさを覚えました。だからこそ僕はサラリーマンを辞めてフリーランスになりました。「アブローダーが起業を振り返る!“独立してよかった100のこと”」の記事で紹介したように独立してよかったと思っています。
今の自分にできる行動を一歩でも起こすことです。あらゆる未来に備えるために、お金に縛られない生活をめざしたり、マネーマシンや金のなる木を調べたり、資産運用などの知識をつける行動が必要になるわけです。 その行動した先にあるのが「遊び」です。今、注目されているのが「文化」と言う名の「遊び」です。山口周さんいわく『すでに需要・空間・人口という三つの有限性を抱えている世界において、大きな経済的価値を創出しようとすれば、それは「文化的価値」という方向をおいて他にない』と述べられています。つまり、成熟した世界は「文明発展」という「労働による経済発展」をさせるのではなく、「文化創造」という「遊びによる価値創造」をするようになるというのです。 その一つが「仕事が遊びになること」です。例えば、一昔前であれば生きるための「労働」だった漁や狩猟が、今では釣りやハンティングという「遊び」になっているのも文化が創造された例です。こうした「遊び」と「仕事」の差がなくなっていくことが今起きている流れなのです。
あらゆるリスク分散をする
「資産運用」を勉強して行き着いた先は「遊びを仕事にすること」でした。結局、マネーマシンや金のなる木の話は、一時的に収益をもたらすかもしれませんが、近い将来どうなるかわかりません。 今後、コロナ以上のパンデミックが起こることも考えられますし、世界恐慌やリーマンショックが起きることもあります。過去100年の金融市場は右肩上がりに成長しても、次の100年は世界市場が伸びないこともあります。2000年という人類の歴史を元に今後の成長を悲観的に予測することもできます。
何が起こるかわからないからこそ、あらゆる「行動」を起こして、リスクに備えて資産も仕事も分散させることが必要です。要するに「バリバリ仕事をして会社も世界も発展させよう」という世界を発展させる時代から、「遊びも仕事も垣根を越えて必要なことをしよう」という新たな価値をつくる時代にシフトしているのです。 だからこそ、あらゆるリスクに備えながら、サラリーマン以外の仕事も考えたり、離島でサバイバル体験をしながら脱お金生活を実験したり、資産運用の本を読み漁ったり、歴史を鑑みながら今の自分にできる「行動」を起こすことが必要です。僕も時代を先取りしながら、遊びと仕事の垣根がない働き方を体現していきます。 文=アブローダー